いそいそ (7) | ||||||||||||||||||||||||||||||
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ドクは立ち上がって、壁から三線をとってきた。椅子に座る前に、丸めたコートのポケットを探って、爪を取り出した。この人、爪を持って歩いてるんだね。椅子をカウンターから少し離して腰掛けて、その爪を使って調弦を始めた。少し音を下げたようだ。高い音を使う曲なのかな。 調弦ができたらしい。ドクの顔つきが少し変わったように見えた。背筋を伸ばした。肩をぐるりと回して力を抜いたんだけれど、脱力したっていう感じじゃない。まるで、体から根が生えて椅子を掴んだようにどっしりとしている。力強さを感じるんだ。 演奏が始まった。三線の最初の音で店の空気が変わった。爪を使っているせいもあるけれど、さっき『唐船どーいー』を演奏した同じ三線とは思えない重みのある音だ。歌が始まった。後ろでおしゃべりしていたカップルが、話をやめた。ゆったりとした曲だけれど、華やかさも感じる。なによりも、最後まで緊張感の途切れないドクの歌声がすばらしい。最後の歌持が終わっても、数秒間は静かだった。店主が拍手をした。ボクも、カップルも拍手をした。ドクは一度深呼吸してから、三線を肩に抱いた。 「退屈しなかったかな?」 「いえ。でも、ちょっと緊張しました」
家に帰ってからも、ドクの姿が目に焼き付いている。その場の空気を変えてしまうような演奏だった。ドクもすごいけど、三線はすごいよ。たった三本の糸で、『唐船どーいー』も『花』も『かぎやで風』だって演奏できてしまう。ボクは自分の三線を見ながら考えていた。 『かぎやで風』かあ。やってみたいけれど、でも難しそうだよなあ。やっていると、本当に美しい曲だと思えるようになるんだろうな。奥深いのは、琉球古典に限らないのかもしれないな。 翌日、ボクは仕事帰りに『かぎやで風』の入ったCDを買った。時々聞くことにしよう。いつか、古典の美しさが解るかもしれないから。 あ、S.W.L.のこと、聞き忘れた。 「かりかり」へ→ |