おたおた (1) | |||||||||||||||||||||||||
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仕事を終えて社宅に戻ると、カバンをテーブルに置いて、ネクタイを緩めて、やかんに水を入れてガスレンジに乗せる。お湯が沸くまでの数分間で着替えをして、三線を用意する。やかんがピーと鳴ったら、お湯をカップに注ぎ『唐船どーいー』を一回だけ弾く。カップのお湯を捨て、やかんのお湯をまたカップに入れ、そこへティーバッグを入れる。ティーバッグの上からお湯を注ぐのではなくて、お湯の入ったカップにティーバッグを入れるのがコツなんだ。カップソーサーでフタをして、『唐船どーいー』を止まらずに四回弾いたら、ティーバッグを捨て、牛乳を入れて飲む。紅茶には牛乳だよ。コーヒー用のクリームはだめだ。 紅茶をすすりながら、消音ウマを取り付けた三線をかき鳴らす。気が付くと日付が変わっていて、紅茶はいつも半分ほど残ったままなんだ。冷めた紅茶をすすってから、シャワーを浴びて眠る。そんな生活が二週間続いた。 練習の甲斐あって、一番はなんとか歌いながら演奏できるようになっていた。できるようになると、誰かに聞いてもらいたい。 今日は三線の会の日だ。この日が楽しみでしかたなかった。みんなの前で演奏するぞ。ボクは意気揚々とS.W.L.へと向かった。 ボクが到着すると、ナンチャンとアキちゃんと店主が大きな声で笑っていた。 「こんにちはー」
ボクが三線の会に参加するのは二度目。まだ新メンバーだよね。だから、ボクを誰かに紹介してくれるのだろうと思っていた。それが違っていたんだ。ナンチャンのむこう側に、小さな影が見えた。子どもかと思ったけれど、おばあさんだった。そう。新メンバーとは、ボクのことではなくこのおばあさんのことだったんだ。 アキちゃんのご近所のおばあさんで、アキちゃんは「トヨおばあ」と紹介した。出身地が沖縄だそうだ。沖縄を離れて何年になるのかは聞いていない。アキちゃんが家で三線を弾いているのを聞いたおばあさんが、自分も習いたいと言い出したらしい。そこで、今回の参加となった。という簡単な紹介をしてくれた。そして、その紹介の最後に、
アキちゃんはそう言ってボクに微笑みかけた。ボクが教えるの?聞いてないよー。 でも、断れないんだよね。ま、前回は店主に色々教えてもらったし、今回はボクが教える側に回ってもいいかな。でも、ちょっと不安だよな。 「工工四はここにあるので、どれでも使って」 と店主。よし。やってみますか。 (2)へ |