ゆるゆる (1) | |||||||||||||||||||||
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談話室で、三線を片づけていた。ドクが上機嫌でタカさんの歌を誉めている。店主はナンちゃんに何かを言って、肩をポンと叩いた。アキちゃんが小躍りしながら「緊張したー」という言葉を三回も言った。トヨさんはここにいない。おじいさんの所へ行っているんだ。今日の歌の感想を聞きたいんだろうな。聞けるのだろうか。聞けるといいな。 ドアをノックして、職員が二名入ってきた。一人が目を潤ませながら話を始めた。本当にありがとうございます。チエさんは沖縄のご出身なんです。今日みなさんが来るのをとっても楽しみにしていたんです。沖縄の民謡を聞いて、よほど楽しかったのでしょうね、足が不自由で、自分で立つことはできないはずなのに、立ち上がって踊るなんて。あんなに楽しそうなチエさんを、初めてみました。ありがとうございました。そう言って、溢れてきた涙を拭いた。あの人のことだ。音楽は、驚くような力を与えてくれるんだ。 もう一人の職員も話を始めた。客席に来られなくて、部屋のベッドで聞いていた人もいる。その人たちも一緒に『十九の春』を歌っていたそうだ。南星園がこれほど明るく、楽しく、輝いたことは今までなかった。 そう言われて、ボクも涙が出そうになったよ。 二人の職員が出て行くとすぐに、またドアが開いた。トヨさんだ。入口に立って、みんなの方を向いて、どうしたわけかもじもじしている。アキちゃんが声をかけた。 「トヨおばあ。オジイに会えましたかー」 「うん。ついてきよったさー」 ついてきた?ドクも店主も驚いている。もちろん、ボクもだ。連れてこられる状態じゃないはずだ。 「アハハ、オジイですよー」 ボクは立ち上がった。 「トヨさんの、オジイ・・・さん・・・え?」 おじいさんを指差していた。口は開いたままだった。
そう言って、笑顔でトヨさんの横に立っているのは、白髪交じりでおでこの広い、あの元気なおじいさんだった。指を差したまま立っていたボクを、ドクがソファーに引き戻した。そして「どういうこと?」と耳打ちした。 こっちが聞きたいよ。 ボクたちは、南星園を後にした。いろいろあったけれど、楽しい発表会だった。暖かい気持ちと、充実感と、ちょっとした疑問を胸に、S.W.L.に向かっていた。 (2)へ |