いそいそ (5) | ||||||||||||||||||||||||||||
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「いらっしゃい」 細身で長身の男性は、黒いコートを脱ぐと、その中も黒いスーツだった。神経質そうな目と薄い唇。タカさんとは違った怖さがあるなあ。入口に近いカウンター席に座って、コートを丸めて隣の席に乗せた。馴染みのお客さんなのだろう。メニューも見ないで注文をした。 「店主!ミミガーね」 人気商品なのかな。 店主が泡盛のボトルと水と氷をお客さんの前に置いた。ボトルキープしてあるんだ。ラベルには「琉球古典」 と書かれていた。沖縄の三線音楽にはジャンルがあって、「琉球古典」はその一つ。と、旅行ガイドブックで読んだ。ボクは、カウンター越しに店主に話しかけた。 「琉球古典、っていう名前の泡盛があるんですね」 「へ?ああ、アハハ」 店主は、料理の手を止めて笑い出した。 「ドク、琉球古典という名前の泡盛があるのか、だってさ」 ドク。この、黒ずくめの男性の呼び名だ。そう言えば、漫画に出てくるドクターみたいだ。仕事で白衣を着るから、普段着は黒なのかな。 「アハハ」 ドクは、大きな声で笑った。店主も笑っている。、 「ドク、こっちで一緒にどう?」 「よっしゃー」 そう言うと、「琉球古典」とグラスと氷を、カウンターの上をガチャガチャ音をたてて滑らせながらこちらへやってきた。氷が二つカウンターの上にこぼれた。それを拾ってグラスに入れた。神経質そうなのは、見た目だけかもしれない。店主はドクの前にミミガーを置いて、ボクを紹介してくれた。
ドクも三線会のメンバーなんだ。近くで見ると、ボクよりはずいぶん年上らしい。店主と同じくらいかな。 「よろしくお願いします」 「店主、グラスを一つお願い」 ドクは、ボクにも泡盛を勧めてくれた。 「琉球古典っていう泡盛なんですね」 ドクは、また大きな声で笑い出した。店主はニヤニヤしている。 「ハハハ。違うよ。ほら」 そう言ってドクが指さしたのは、棚に並んでいるボトルだ。よく見ると、どれも似たようなラベルなんだけれど、どれも違う名前になっている。 「店主が作るオリジナルラベル。ってわけよ」 なるほど、ボトルキープのお客さんには、店主がオリジナルラベルを貼ってくれるんだ。「山本様」とか「仲村様」といった名前そのままのもあれば、「タカちゃん」ってのもある。あれ?タカさんのかな。その隣は「高畑歯科」「山本眼科」「森小児科」か。お医者さんシリーズなんだね。その隣は、文字じゃなくて顔写真だ。おもしろいなあ。 で、ドクのが「琉球古典」ってことは、琉球古典を演奏する人に違いない。 (6)へ |