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ふらふら (1)
ふらふら
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(5)
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(7)
いそいそ
かりかり
おたおた
どきどき
きらきら
ぽつぽつ
とんとん
こつこつ
わいわい
いらいら
ずきずき
ひしひし
わくわく
ゆるゆる
 一月も半ば。
 ボクは営業で少し遠い町に来ていた。商談を終えて応接室を出る。腕時計を見ると、五時を過ぎていた。晴れているけれど寒い日だった。

 ボクは、首をすくめながら駅まで歩いた。大きなガラスドアの前にさしかかった。そこは、ボクが三線を買ったあの店だった。思わず立ち止まってしまった。ドア越しに、かすかに沖縄民謡が聞こえた。ボクはカバンから携帯を取り出した。「今日は戻りません」と会社へ連絡をして、ドアを開けた。沖縄民謡があふれ出てきた。

 右奧のレジの前に若い女性が二人。店員さんから三線の説明を受けている。三線を買ったんだね。ボクは、邪魔にならないように、左の壁の方へ歩いた。壁に掛かっている三線の数が、前に来たときよりも増えているようだ。

 初めて三線に触れた場所はここだ。ここに掛かっていた三線を買ったんだ。一番左の三線だったな。一旦空席にになったその場所には、とっくに別の三線が置かれている。おそらく、あれから何度も空席になっては新しい三線が掛けられるということを繰り返しているんだろうね。今、五番目が空席になっているのは、そこの女性が買ったからだろうか。ボクのより高い三線だな。
 あの時は、どの三線を買えばいいのかわからなくて、ポケットの糸巻きに話しかけたりしたっけ。でも、返事がなくて。しかたないから、音を鳴らすために、店員さんに「触ってもいいですか?」って尋ねたんだ。そしたら、

 「どうぞ、手にとって見てください」

 そうそう、ちょうどそんな風に声を・・・ん?
 店員さんの生の声だった。振り返ると、女性客はいなくなっていた。

 「あ、はい。ありがとうございます」
 「あれ?前にいらっしゃいましたよね?」

 店員さんは、ボクのことを覚えていた。

 「その節は、どうも」
 「どうぞ、ごゆっくり」

 店員さんは、それ以上何も言わずに、レジの前を片づけ始めた。
 ボクは、三線の前を離れてカウンターを兼ねたガラスケースの中を見た。爪、弦、糸巻き、手皮などなど、いろんな小物が並んでいる。三線って棹は黒いし模様は蛇だし、色遣いが地味だけれど、こうやって小物を並べると結構カラフルなんだ。それを見ているうちに、どういうわけか、爪に惹かれた。ボクはピックで弾いている。三線を買ったときに、おまけにもらった爪もあるけれど、もう少し立派なのを買っておいてもいいかな、と思った。
 店員さんにお願いして、爪を見せてもらう。弁当箱くらいの大きさのザルに、爪が十個ほど入っていた。それをガラスケースの上に置いた。もう一つのザルには、少し大きめの爪が入っていた。爪は、大きさで分けられているんだ。

 「弾いてみて、自分に合うものを選んだ方がいいですよ」

 そう言うと、店員さんが三線を手渡してくれた。ああ、今年初めて三線にさわる。うちの三線は、ケースの中で元気にしているのだろうか。
 爪なんて、同じ大きさなら同じ使い心地だろうと思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。いくつか使ってみて、中くらいの白っぽいのが自分に合っているように感じた。値段を書いたシールが貼られている。結構高いんだね。聞けば「水牛の角」だそうな。なんだか強そう。
 その爪と、予備の弦を購入。レジでお金を払う。店員さんは、爪と弦を小さな紙袋に入れながら笑顔でこう言った。

 「お稽古の方は、どうですか?どこかの教室へ?」

 袋を受け取りながら、返事をした。

 「いえ、オジイから習っていたんです。でも、今はもういません」
 「ああ、そうなんですか」

 店員さんは、少し申し訳なさそうな顔になった。今はいないという言葉を、亡くなったという意味に受け取ったようだ。

あの、亡くなったわけではなくて。ええと、まあ、引っ越したんですよ」
 「あ、なるほど。で、今は一人で?」
 「はい。でも、最近あまり弾いていなくて」

 店員さんはボクに一枚の名刺を渡しながらこう続けた。

そういう人は多いみたいですよ。一人で練習していても、張り合いがないのでしょうね」

 名刺の表には「S.W.L.」という文字。店の名前だろう。うまい酒とおいしい料理の店とも書かれている。店員さんの話では、月に一回、この店に集まって三線を弾いているらしい。先生が指導するというのではなくて、三線の好きな人が集まって楽しむのが目的だそうだ。三線サークルってとこか。次の日曜日に、今年最初の集まりがあるらしい。最後に、店員さんはこう付け加えた。

 「私は行ったことないんですけどね」

 なんだそれ?と、心の中でカックンとしてから、ボクは、お礼を言って店を出た。ドアを背にして、もう一度名刺を見た。「S.W.L.」って、何の略かな。


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