いそいそ (4) | ||||||||||||||||||||||||||||||
|
本当かな。あのスピードで「とにかく最後まで」ってことすら難しいと思うんだけれど。 「何のために早弾きをやるのか」 そう言って、ボクの顔を見ている店主。答えを待っている。何のために?そんなこと考えていないよ。早弾きがやりたいっていうだけで。答えられないボクに、店主は続けた。
それも考えていない。 「じゃあ、早弾きを演奏しているとき、聞いている人は?」 「そりゃあ、踊ってくれたら最高ですよね」 「それそれ。そこなんだよ、早弾きで大切なことは」 早弾きには目的がある。踊ってもらうこと。踊らせること。つまり、踊りのためのスピードなんだ。だから、早ければいいってもんじゃあない。踊りやすい速さがいい。競争でもなければ、速さ自慢のためでもないんだから。 なんて言われたけれど、これって、早く弾ける人が言う言葉なんだと思う。遅すぎちゃあ、早弾きじゃないもの。でも、とにかく、あまり早く弾こうと焦らなくてもいいってことはわかった。落ち着いていこう。そう、歌と一緒に覚えていこう。 ビールのグラスに手を伸ばしたとき、その向こう側にある「本日のおすすめ」と書かれたメニューが目に入っ た。そうだ、仕事が終わってからまだ何も食べていなかった。 「店主、もう一つお願いがあるんですけれど」 「何?」 「ミミガーをください」 「はい。かしこまりました」 旅行ガイドブックで見たことがある。ミミガーは、豚の耳を使った沖縄の料理だ。と説明すると気味悪いかもしれないけれど、さっぱりとしたとても上品な味だ、と書いてあった。はずだ。 出てきたミミガーは、小さなお皿にこんもりと盛られていた。酢みそのようなものでキュウリと一緒に和えてあった。少し甘めの味付けだけれど、ビールに合うね。 ミミガーが半分くらいになったとき、店主にもう一つ質問をしなければならなかったことを思い出した。「S.W.L.」は何の略なのか。 ボクは口の中に残ったミミガーをビールで流し込んで、店主に声を掛けようとした。そのとき、カランカランと鳴って男性客が一人入ってきた。 (5)へ |