どきどき (1) | |||||||||||||||||||||||||||
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今週も仕事が忙しかった。年度末が近いこともあって、営業に出るよりも、社内で伝票相手に格闘することの方が多かった。残業ばかりだ。 金曜日。今日も残業。最後の書類を片づけて会社を出たとき、なんだか人恋しくなった。三線が弾きたくなった。家に帰って弾くのもいいけれど、金曜日の夜に一人で三線ってのも寂しいよね。ボクは、会社から直接S.W.L.へ向かった。店主と一緒に三線弾いて遊べるかも。そう思うと、足が勝手に急いでしまう。そうだ、今日こそS.W.L.の意味を聞かなくちゃ。 カランカランと中に入る。テーブル席はすべて埋まっていた。カウンターにも三名のお客さんが座っている。 カウンターの向こう側では、店主が忙しそうに働いている。金曜日だね。 店主は忙しすぎて、ボクが入ってきたことに気づかないようだ。この様子だと、店主と一緒に三線弾いて遊ぶなんて、とても無理だな。ま、ビールでも飲ませてもらおう。暇になったら相手をしてくれるかも。 入口に一番近いカウンター席に座ろうとしたとき、店主がボクに気づいた。 「おお!いいところへ来てくれたよ。ちょっとちょっと」 なぜか小声になって、手招きしている。まさか、忙しいから店の手伝いをしてくれ、なんて言うんじゃないだろうね。そういうアルバイトの経験はありませんよ。 「はい、何です?」 座ろうとした席にカバンを置いて、話を聞こうとしたけれど店主が遠い。ボクはまたカバンを持って、一番奧のカウンター席へ行った。ここなら店主と向かい合わせだ。ボクはもう一度呼びかけた。 「何ですか?」 店主は後ろを向いて鍋の火を小さくしてから、こちらへ向き直り、カウンターから首を伸ばしてボクに耳打ちする。 「三線弾いてよ」 「はあ?」 店主は早口で事情を説明した。この店に来るお客さんの中には、店主の三線を楽しみにしている人も少なくないらしい。でも、今日のこの混雑では、店主に三線を弾く余裕はない。そこで、ボクに演奏しろという話だ。 「えー!そんな・・・」
そう言って、背中を向けて鍋の中をかき混ぜ、今度はまな板の前に移動して何かを刻み始めた。ボクは立ち上がって、カウンターの中に首を突っ込むようにして、店主の背中に返事をした。 「そんなの、無理ですよ」 後ろを向いたまま返事が来た。
「だから、生の音とは違うんだってば」 「三線だけでいいんですか」 ここだけ、手を休めてこちらを向いた。
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