かりかり (1) | ||||||||||||||||||||||
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『唐船どーいー』はおもしろい。 もう弾けるようになったのかって?まだまだ無理だけれど、練習をするのが楽しい。今は、店主のアドバイス通り、とにかく最後まで歌いきることが目標だ。ただ、練習は楽しいけれど家では大きな声で歌えない。こればかりはどうしようもない。 土曜日。今朝は少し冷え込みも緩んでいる。がんばって河川敷まで走ろうかと思ったけれど、カーテンを開けると外は雨だった。まあ、雨でなくても、外に出た途端に走る気力が失せてしまうだろうけれど。などと考えながら、暖かい部屋から窓の外を眺めた。 社宅の隣は五階建ての古い公営住宅だ。ベランダには、いつもならたくさんの干し物がぶらさがっているんだけれど、今日は雨なので、どの家の窓ガラスも黒い空を映している。あれ、一軒だけ洗濯物が出たままだ。昨日から、取り込むのを忘れているんだろうな。視線を下げると、児童公園。その隣には平たい屋根が並んで見える。小さい方の屋根は、上水道の水圧を上げるためのポンプ室だそうな。中に入ったことはない。大きい方は公営住宅の集会所だ。こっちも中に入ったことはないけれど、日曜の午後は、お年寄りが集まって楽しんでいる。今日は土曜日で誰も使っていないんだな。 「だれも使っていないんだ」 ぼくは、独り言を言ってから、ダウンジャケットを羽織って、傘を片手に飛び出した。 集会所の入口は、大きなガラスドアだ。手のひらで影を作って、中を覗いてみたけれどだれもいない。集会所って、人が住んでいる場所じゃないから、使う人がいなければ誰もいないんだよね。ドアの横にはインターホンもない。自治会の名前と、簡単な利用規程のようなものが書かれてるだけだ。人を探すのを諦めて傘を差して家に帰ろうとしたら、年配の女性と鉢合わせ。 「何かご用ですか?」 冷たい言い方だった。 「あ、すみません」 悪いことしているわけじゃないんだけれど、あやまってしまった。 「利用者ですか?」 「いえ、でも、利用できないかなあと思って」 「でしたら、利用申請書を書いてください」 「どこにあるんですか?」 「自治会長さんの家へ行けばいいんだけれど。ご存じ?」 「すみません。知らないです」 またあやまっちゃった。 「あなた、どちらにお住まい?」 「そこの、社宅なんです」
意外だった。女性が急に親しげに話しかけてきたからじゃなくて、社宅の管理人さんが申請書を持っているということがだ。ここは公営住宅の集会所だと思っていた。社宅の人が飲み会もやっていたなんて。どういうことだろう。 ボクは、昔話をしばらく聞いた後、お礼を言って、管理人さんを訪ねた。 (2)へ |