ふらふら (6) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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何だろう。何をしたいのだろう。えーっと・・・カチャーシー。そうカチャーシーの曲。早弾きってのがやってみたい。で、やっぱりどうしたらいいの? 「あの、すみません」 三曲目を歌い終え、泡盛のグラスに手を伸ばそうとしていた店主に声をかけた。 「早弾きっていうのをやってみたいんですけど」 「楽しいよ。いっしょにやろうか」 「いえ、やったことがないので」
カウンター席の一番隅っこに、小さな書棚があって、そこに工工四が並んでいた。 「何にする?」 「ですから、カチャーシーの曲を」
「えっとねえ」 三線を構えて、演奏してくれた。軽快な曲だ。聞いたことがあるような気がする。店主は一番だけ歌ってくれた。 「ボクには無理だと思うんですけど」 「大丈夫。案外簡単だよ」 とてもそうは思えない。 「もっと易しい曲はないですか?」
と言いながら、ボクの意欲は萎えていた。店主は壁際にある小さな棚から、工工四を取り出した。そしてボクの前に。 「これ。工工四」 工工四を開いてみた。見覚えのある文字が並んでいる。あたりまえだよね。そのあたりまえのことに、ちょっと安心した。今までやってきたことがそのまま役だってくれるわけだ。 工工四を開いたまま顔を上げると、店主の横にタカさんが立っていた。さっきまで三線とか笛とか、色々な音が混ざっていたのに、今はシンとしている。ボクと店主の会話を、みんなが聞いていたんだ。
一応、CDは一枚持っている。先ほどタカさんが歌っていたのも八重山民謡なんだって。そうとう奥深いような気がする。
タカさんの歌もいいけれど、やっぱり早弾きってのに憧れる。よし、とにかくやってみよう。三線を構えて歌持を弾こうとしたとき、店主が、 「三線は、どこかで習ったの?弾き方がきれいだから」
もし、二人の言うことがお世辞じゃないのなら、すべてオジイのおかげだろう。 「オジイ・・・さんに教えてもらったんですよ」 「おや、ルーツは沖縄?」 「ナンチャンのルーツも沖縄なんですよー。ねー」 ナンチャンは、アキちゃんの言葉を静かな微笑みで肯定していた。おっと、ボクは否定しなければ。
「それだけ基本がきちんとできていれば、早弾きも問題ないよ」 店主はそう言ってくれたけれど、やってみなけりゃわからない。もう一度調弦を確認して、三線を構えた。 まず〈工〉〈五〉〈七〉か。早弾きってリズムがあったよな。弾こうとしたら、店主が。
ボクは店主の顔を見て、一度微笑んでからまた工工四を見つめた。パッカパッカか。ボクは体でリズムをとってから、三線を弾こうとした。すると、タカさんが、
〈五〉から〈七〉は遠いから、気をつけないといけないんだな。よし。では。 「そこなんですけどー」 と今度はアキちゃんだ。工工四を指さしながら説明を始めた。
よし。息を吸い込んで。弾こうとしたら、また店主。
肩を一度上げて、降ろした。首もまわした。さあ、と思ったら、タカさん。 「早弾きってのは、スピードじゃなくてリズムなんだよね」 「はあ、そうなんですか」
「たしかに。あの独特の雰囲気はいい」 「ちょっと照れちゃうよね」 「本当ですよー。八重山の香りっていうかー」
「へへえ」
「こちらから、お願い致しますよ」 「二人のライブをいつか見に行きたいな」
「日曜日にしてよ。平日は店があるから」 「了解!」 「いっそのこと、今ここでやっちゃおうか」 「ハハハ」 ボクは三線を抱えたまま、一言も喋ることができず、もちろん弾き始めることもできず、座ったままだった。そして、一緒にアハハハと笑った。そんなボクに気づいた三人は、お互いに顔を見合わせて、それぞれの席に移っていった。 「ありがとうございました」 一応、お礼を言っておいた。 (7)へ |