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ふらふら (6)
ふらふら
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
いそいそ
かりかり
おたおた
どきどき
きらきら
ぽつぽつ
とんとん
こつこつ
わいわい
いらいら
ずきずき
ひしひし
わくわく
ゆるゆる
 何だろう。何をしたいのだろう。えーっと・・・カチャーシー。そうカチャーシーの曲。早弾きってのがやってみたい。で、やっぱりどうしたらいいの?

 「あの、すみません」

 三曲目を歌い終え、泡盛のグラスに手を伸ばそうとしていた店主に声をかけた。

 「早弾きっていうのをやってみたいんですけど」
 「楽しいよ。いっしょにやろうか」
 「いえ、やったことがないので」
ああ、そう。工工四なら、そこにいくつか置いてあるから。好きなのを選んで」

 カウンター席の一番隅っこに、小さな書棚があって、そこに工工四が並んでいた。

 「何にする?」
 「ですから、カチャーシーの曲を」
いろいろあるからねえ。初めてだったら『唐船どーいー』がいいかなあ」
 「トウシン?どんな曲ですか?」
 「えっとねえ」

 三線を構えて、演奏してくれた。軽快な曲だ。聞いたことがあるような気がする。店主は一番だけ歌ってくれた。

 「ボクには無理だと思うんですけど」
 「大丈夫。案外簡単だよ」

 とてもそうは思えない。

 「もっと易しい曲はないですか?」
もう少しゆっくりした曲もあるけれど、ゆっくりだから易しいとは限らないし。速さなんて、人それぞれだしね。『唐船どーいー』からやってみるのが一番いいと思うよ」
 「はあ、そうなんですか」

 と言いながら、ボクの意欲は萎えていた。店主は壁際にある小さな棚から、工工四を取り出した。そしてボクの前に。

 「これ。工工四」

 工工四を開いてみた。見覚えのある文字が並んでいる。あたりまえだよね。そのあたりまえのことに、ちょっと安心した。今までやってきたことがそのまま役だってくれるわけだ。
 工工四を開いたまま顔を上げると、店主の横にタカさんが立っていた。さっきまで三線とか笛とか、色々な音が混ざっていたのに、今はシンとしている。ボクと店主の会話を、みんなが聞いていたんだ。

早弾きも楽しいけれど、八重山の民謡もいいんだよね。知ってる?」

 一応、CDは一枚持っている。先ほどタカさんが歌っていたのも八重山民謡なんだって。そうとう奥深いような気がする。

引き抜いちゃだめですよー、タカさん。『唐船どーいー』をやろうとしてるじゃないですかー」
八重山民謡に興味がわいたら、いつでも言ってほしいね。いっしょにやろうね」
 「ありがとうございます」

 タカさんの歌もいいけれど、やっぱり早弾きってのに憧れる。よし、とにかくやってみよう。三線を構えて歌持を弾こうとしたとき、店主が、

 「三線は、どこかで習ったの?弾き方がきれいだから」
そうだよね。悪い癖がついていないんだよね。きちんと勉強した人にみえるんだね」

 もし、二人の言うことがお世辞じゃないのなら、すべてオジイのおかげだろう。

 「オジイ・・・さんに教えてもらったんですよ」
 「おや、ルーツは沖縄?」
 「ナンチャンのルーツも沖縄なんですよー。ねー」

 ナンチャンは、アキちゃんの言葉を静かな微笑みで肯定していた。おっと、ボクは否定しなければ。

いえ、ボクはちがうんです。教えてくれたのは・・・知り合いのおじいさんです。引っ越しちゃって、今は教えてもらっていないんです」
あら、残念ですねー。でも、ここに来ればいろんな人がいるから」
 「はい。ありがとうございます」
 「それだけ基本がきちんとできていれば、早弾きも問題ないよ」

 店主はそう言ってくれたけれど、やってみなけりゃわからない。もう一度調弦を確認して、三線を構えた。

 まず〈工〉〈五〉〈七〉か。早弾きってリズムがあったよな。弾こうとしたら、店主が。

リズムは、パッカパッカって感じでね。〈工〉〈五〉がパッカになる。けど、工工四には漢字が並んでいるだけなんだ」
 「なるほど。パッカパッカ、ですね」

 ボクは店主の顔を見て、一度微笑んでからまた工工四を見つめた。パッカパッカか。ボクは体でリズムをとってから、三線を弾こうとした。すると、タカさんが、

〈五〉から〈七〉へ行くときには、しっかり小指を伸ばす方がいいんだよね」
 「はい。どうもありがとうございます」

 〈五〉から〈七〉は遠いから、気をつけないといけないんだな。よし。では。

 「そこなんですけどー」

 と今度はアキちゃんだ。工工四を指さしながら説明を始めた。

歌に入ってからは〈七〉〈四〉が続くでしょ。〈七〉を押さえたままの方がやりやすいですよ」
 「はあ、どうも」

 よし。息を吸い込んで。弾こうとしたら、また店主。

肩の力を抜いた方がいいよ。力んでいては疲れるばかりだから」
 「あ、はい」

 肩を一度上げて、降ろした。首もまわした。さあ、と思ったら、タカさん。 

 「早弾きってのは、スピードじゃなくてリズムなんだよね」
 「はあ、そうなんですか」
そうですよねー。やっぱり、踊れる演奏っていうのが一番ですよねー」
 「なるほど」
そうなんだよね。店主の演奏は、そういう意味でもお手本だよね」
いや、そんなことはないよ。まだまだ自分勝手に突っ走るばかりでね」
ええー?またー。店主がまだまだだったら、誰も早弾きできないじゃないですかー」
この店のお客さんの中には、店主の早弾きに憧れて三線を買ったっていう人もいるんだよね」
 「でもー、私はタカさんのアブジャーマが好きですね」
 「たしかに。あの独特の雰囲気はいい」
 「ちょっと照れちゃうよね」
 「本当ですよー。八重山の香りっていうかー」
八重山の歌を歌うときは、八重山らしさを大切にしたいとは思っているんだよね」
八重山らしさか。いい言葉だな。だいたい、沖縄だって八重山だって、早弾きはどれも同じようなリズムなのに、どうして沖縄民謡と八重山民謡は、こんなにも雰囲気が違うんだろね」
大切なのは雰囲気ですよねー。曲のもっている雰囲気を味わいながら演奏して、聞いている人にも味わってもらえたらなあって」
 「アキちゃん、いいこと言うね」
 「へへえ」
そうなんだよね。この前のライブでも、アキちゃんはいい雰囲気を作ってくれていたんだよね」
 「タカさん。また歌わせてくださいねー」
 「こちらから、お願い致しますよ」
 「二人のライブをいつか見に行きたいな」
店主、来てくれるんですか!大歓迎ですー。って、まだ予定はないんですけどねー。ねー、タカさん」
 「そうなんだよね。そろそろ次の予定を立てなくちゃ」
 「日曜日にしてよ。平日は店があるから」
 「了解!」
 「いっそのこと、今ここでやっちゃおうか」
 「ハハハ」

 ボクは三線を抱えたまま、一言も喋ることができず、もちろん弾き始めることもできず、座ったままだった。そして、一緒にアハハハと笑った。そんなボクに気づいた三人は、お互いに顔を見合わせて、それぞれの席に移っていった。

 「ありがとうございました」

 一応、お礼を言っておいた。


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