ふらふら (5) | ||||||||||||||||||||||||||||
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ひとしきり、ナンチャンの笛の話題で盛り上がって、その後はそれぞれ適当な椅子に座った。 店主が三線を手にした。三線を抱いたまま、泡盛のグラスを手にして、口を湿らせて、グラスをテーブルに置いて、息をふーっとついた。そしてもう一度息を吸い込みながら、とてつもないスピードで三線を弾き始めた。これが漫画だったら、店主の手首から先が何本にも分かれて描かれているだろう。そして、ボクの目は二つの点だけになっているに違いない。 カチャーシーの曲なんだ。あの披露宴で、最後にみんなで踊ったのが、たしかこんな曲だった。 歌い終わって、店主はまたふーっと息をついて、泡盛に手を伸ばした。 「店主う、またパワーアップしましたねー」 店主は泡盛のグラスに口を付けながらちょっと嬉しそうな顔をした。口に含んだ泡盛を飲み込んでグラスを置き、少し首をかしげながら言ったんだ。
店主にできない曲ってのがあるらしい。どんな曲なんだろう。 ボクは、ここに集まる人たちに圧倒され驚かされた。なかでも一番驚いたことは、いつまでたっても練習が始まらないってことだ。店主がとてつもない早弾きを弾いている間も、聞いていたのはアキちゃんだけ。タカさんは工工四を開いて眺めていたし、ナンチャンは笛で違う曲を吹いていたし、みんな好き勝手だ。 店主がまた演奏を始めた。今度は少しゆっくりした曲だった。アキちゃんが自分の三線を用意した。笑顔で店主の方を見ながら、体でリズムをとってタイミングを計っている。やがて両手が動き出して、店主と一緒に演奏し始めた。まるで、高速道路に合流する車のようだと思った。 アキちゃんは三線を弾くだけじゃない。店主と交互に歌う。すごい。ライブを見ているみたいだ。と、突然三線が停まった。二人とも笑い出した。
二人の笑い声が終わらないうちに、タカさんが三線を弾き始めた。ゆっくりとした曲だ。そこへ、ナンちゃんが笛を合わせる。低い音から歌い出して、徐々に高くなっていく。この店は地下にあるのに、タカさんの歌が空高く昇っていくようだ。こんな歌もあるんだ。 店主のカチャーシー曲、デュエット、タカさんの歌、どれも沖縄の音楽なんだ。しかも、同じ三線という楽器を使った音楽だ。すごい。三線って、すごいと思う。 そのあとも、みんな好き勝手に三線を弾いたり笛を吹いたり工工四を眺めたり、お茶を飲んだりおしゃべりしたり、とにかく自由だった。だれかがリーダーになって「せーの」なんてやらない。練習曲があるわけでもないらしいし、練習という言葉すら聞かれない。自分で何かをしなければ、ここでは何も始まらないし何もできないってことか。 ボクは少し焦った。とにかく三線を構えた。でも、何をしたらいいのか。いいとか悪いとかじゃなくて、自分が何をしたいのかってことなんだ。 (6)へ |