ふらふら (4) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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大変なことになってきた。今年初めての練習が、人前での演奏になろうとは。ここの人たちはみんなプロみたいだし、ボクの歌なんて聞けたもんじゃないだろう。どうしよう。って考えてもどうしようもないってことはわかっている。 店主はカウンター席に腰掛けて足を組んだ。タカさんは立って右手を腰に当てている。アキちゃんはボクの向かい側に座って微笑んでいる。みんなに取り囲まれた格好だ。ただ一人、ボクに質問しなかったナンチャンは、ボクの歌には関心がないというように、一つ向こうのテーブルに黒いザックを置いて、背中を向けて座った。 「聞く準備はできましたよ」って感じだ。歌うしかない。ボクは数少ないレパートリーの中から何を歌おうかと考えた。『花』っていう感じじゃないだろう。本格的な三線音楽の方がいい。安里屋ユンタは素人っぽい。って、ボクは素人だけど。『きらきら星』や『ぞうさん』を除けば、残りは『てぃんさぐぬ花』しかない。 「で、で、では、てぃんさぐぬ花を」 「おお、いいよね。てぃんさぐぬ花。正統派だね」 タカさんが、左手をカウンターにかけて、そこへ体重をかけるように体を斜めにした。あまり期待されても困るんだけど。ボクは三線ケースのポケットから工工四を取り出してテーブルに置いた。調弦をしながら、目は工工四だ。大丈夫。忘れていない。と思う。買ったばかりの爪を使おうかと思ったけれど、やっぱりピックにしよう。 歌持を弾き始めた。すると、ナンチャンが右手を伸ばし、黒いザックの中から棒を引き抜いた。何だろう。歌に入ると、ナンチャンがその棒を口元に・・・笛だ。ナンちゃんが歌に合わせて笛を吹き始めた。 初めてだった。三線と笛の合奏。最初は笛の音が気になって戸惑ったけれど、慣れてくるといい気持ちになる。一番を歌い終わって歌持に入ると、笛の音に聞き惚れてしまって二番を歌い忘れるところだった。笛が歌っているみたいだった。 ボクの拙い演奏が終わった。拍手をいただいた。・・・・拍手・・・・披露宴以来だ。たった4名の拍手だけど。 「やっぱりいいよね。てぃんさぐぬ花」 「ほんとー。私も練習しようかなー」 誉められているのかな。タカさんがナンちゃんに声をかける。 「ナンチャンの笛は、歌を包み込むんだよね」 店主が同調する。 「うん。笛の音色が曲の奥行きを増してくれるんだ」 ボクも店主の言葉に頷いていた。
ナンちゃんが背中を向けていたのは、ボクの歌に関心がないからじゃなくて、笛の音が大きすぎて歌の邪魔にならないように考えてのことだったんだ。
話題は笛の方へと移っていった。というより、ボクの歌は話題にするに値しないのではないだろうか。ちょっと寂しいけれど、この様子を見ながらボクの心は落ち着いていった。自分の実力を解ってもらえた安心感とでも言うのかな。演奏を始めるまでは、少しでもうまく見せたいと思っていたんだと思う。でも、ここのみなさんの前ではどんな小細工をしたってうまく見せるなんてことはできない。今こうして、自分の歌を聴いてもらったことで、ボクは鎧を脱ぎ捨てたってわけだ。たいした鎧じゃないけれど。 (5)へ |