どきどき (4) | |||||||||||||||||||||||
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「マスター、おかわり」 飛んだりはねたりして踊っていたお客さんが席に戻ると、あっちのテーブルからも、こっちのテーブルからも、おかわりの連呼だ。体を動かして喉が渇いたんだ。売り上げに貢献できたみたい。 三線を壁に返して、ボクは放心状態だった。そこへ、年配のお客さんがグラスをもってやって来た。 「おにいさん。最高!」 そう言いながら、グラスをボクの顔の前に突き出した。酔ってるみたい。 「あ、ありがとうございます」 それを片手で受け取った。手が震えているのに気が付いた。もう一方の手で震えるグラスを押さえ、一気に飲んだ。泡盛だった。少し喉がひりひりした。 グラスを返すと、そのお客さんはしつこくつきまとうようなことはせずに、自分のテーブルに戻って仲間たちと談笑を始めた。ボクは椅子に深く腰掛け、溜息をついた。 少し落ち着いた。落ち着いて、ついさっきの歌のことを考えた。ああ、『唐船どーいー』はひどいもんだった。練習では歌えたんだ。止まることなんてなかったんだ。なのに、今はどうだ。一番すらまともに歌えなかった。一番を四回も歌ったのに、毎回同じ場所で三線が止まってしまった。最悪だ。店主に迷惑をかけてしまった。情けないよ。 そんな演奏だったけれど、お客さんは楽しそうだったな。三線に合わせて、みんなが同じリズムで体を動かすんだ。一体感っていうんだろうな。その中に、ボクもいた。ボクも三線を弾いていた。店主は迷惑だったかもしれないけれど、ああ、いいよなあ。カチャーシー。ん?さっきまで落ち込んでいたボクは、どこへ行った?また演奏したいっていう気持ちになっている自分が恐かった。 「ご苦労さん」 店主が、注文していないビールを出してくれた。 「どうもすみません。歌詞がわからなくて」 「いやいや、あれで十分。おきゃくさんは大満足」 「すごいですよね。三線でこれだけ盛り上がるんだから」 「そうだよね。三線ってのは、不思議な楽器だね」 先週、ドクが聞かせてくれたのも三線。今日、みんなで大騒ぎしたのも三線。三線一つで、いろんな楽しみ方ができるんだね。 ボクはビールを飲み干してから、ミミガーと泡盛を注文した。ミミガーが出てくる前に、沖縄そばも注文した。沖縄そばっていうのは、そば粉を使っていないやや幅広の麺。と、旅行ガイドブックに書いてあった。 そばを平らげてしまった頃には、店内も静かになっていた。テーブル席の最後のお客さんが、店主に手を振りながら帰るのと入れ違いに、アキちゃんが入ってきた。ボクを見つけて、笑顔で隣に座ってくれた。 「めずらしいですねー」 「ってことは、アキちゃんはよく来るんですか」 「アキちゃんは、三日と開けずに来るよ」 「常連さんなんだ」 「へへー。売り上げに協力してまーす」 アキちゃんは、酔っているのかいないのか、よくわからない人だ。 暇になった店内で、暫く三人でとりとめのない話をしていたのだが、ふと、あのトヨさんのことを思い出した。 「このまえの練習に来ていた、トヨさんのことなんですけど」 三線の会は月に一回。つまり、トヨさんに会えるのも月に一回。このペースで練習していたら、勘所を覚えるのに何ヶ月かかることやら。ボクは、アキちゃんにトヨさんとの練習について話をしてみた。毎日とは言わないけれど、できれば三線の会だけでなく、もう少し練習する時間を作りたい。連絡先を教えて欲しいと。
ってなわけで、電話番号を教えてもらった。トヨさんのだけだった。まあ、いいんだけど。 「きらきら」へ→ |