おたおた (3) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「方言の先生がいるじゃないですか」 ボクは、前に座っているトヨさんを、手のひらを上にして指し示した。トヨさんが笑っていた。 「あ、そうか」 店主も笑った。アキちゃんが大きな口を開けて、ちょっと大きすぎる声を出した。 「そうよね。方言はトヨさんがプロだもの」 「プロって言うのかな」 アキちゃんの言葉にナンちゃんがつっこんだ。店主が続けた。
ボクは、少し得意になっていた。方言は本人が一番よくわかっている。歌とメロディーなら、店主が教えられるってわけ。問題解決だね。ボクは、店主と場所を交代しようと、立ち上がった。その時だ。 「じゃ、がんばってね」 店主はそう言うと、ボクから視線を逸らせた。 「がんばってねって・・・」 ボクはアキちゃんを見た。 「じゃ、そういうことでー。フフ」 アキちゃんまで。
ナンちゃんは、俯いて工工四のページをめくり始めた。 「いいよー。先生が教えなさいー」 トヨさん。ボクは初心者なんです。確かに、方言はトヨさんに任せれば良いのでしょうけれど、ボクは、『とうがにあやぐ』っていう曲を、聞いたことがないんです!心の中でそう叫んでみたものの、流れには逆らえなかった。狼狽えるボクをちらりと見た店主は、カウンターの中に入ってCDを持って出てきた。 「これ、宮古民謡のCD。工工四もあると思うんだ」 CDをボクに押しつけると、背中を向けて工工四を探し始めた。工工四を見つけて、それをボクに手渡すと、すぐに弦の取り換えにかかった。 あちらのテーブルとこちらのテーブルは、完全に分離した状態だ。ボクの方を向いているのはトヨさんだけ。とにかく、三線の練習だけ始めることにする。トヨさんの前に工工四を広げた。トヨさんは沖縄の人、いや、宮古の人だ。初心者とか言いながら、案外ボクよりも上手に弾いたりして。 「トヨさん、三線は、触ったことあります?」
店主がこちらを向いた。 「遊郭で働く女性、ってことですよね」 みんな自分で練習を始めたのかと思っていたら、意識はこちらに向いていて、ボクとトヨさんの会話をしっかり聞いていたんだ。
トヨさんはそう言うと、抱えている三線を、まるで赤ちゃんを寝かしつけるようにトントンと叩いた。 まったくの初心者なんだ。ちょっと不安だけど、まあ、初心者にならボクでも教えられることがたくさんあるってことで、ちょっと安心もした。 そんなこんなで、ボクはトヨさんの先生になってしまった。 (4)へ |