ずきずき (2) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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夜、仕事から帰ってネクタイを緩める。やかんをガスレンジに乗せる。三線に手が伸びる。その手が止まった。あの痛みを思い出したんだ。練習をしないのも恐い。でも、痛みをこらえて練習をして、発表会の前日になって指が動かなくなったら、もしそんなことになったら・・・。 「動け!動いてくれ、ボクの指・・・」 どうしようもなくて、病院のドアを叩くことになる。もう診療時間は過ぎていて、ドアの向こう側は暗い。それでも懸命に叩き続けると、中の明かりがつくんだ。もう私服に着替えてしまったナースがドアを開けてくれる。 「診療時間は過ぎているんですけど」 「すみません、助けてください」 ボクの様子を見て、ただならない雰囲気を察したナースが、大きな声でドクターを呼ぶんだ。診察室へ通されるボク。そこへ、ドクターが白衣に袖を通しながらやってくる。 「どうしました」 「左手の指なんです」 ドクターは、少しいぶかしげにボクの顔を見る。指程度のことでこんな時間に?言葉にはしないけれど、目が言っている。ドクターは白衣のボタンをかけずに椅子に腰掛ける。上半身をデスクに向け、カルテに何かを書き込みながら質問を続けるんだ。 「どの指ですか?」 「人差し指です」 ここで、やっとボクの手を見る。銀縁のメガネの奧で、細い目が光る。ボクの左手は、包帯が厚く巻かれているんだ。ドクターが包帯をゆっくりとほどいていく。最後の一巻きを取り去った瞬間、眉間に皺が寄る。 「こ、これは・・・。何をしてこうなったんです?」 「三線です。演奏中に痛み出して」 ドクターは、ボクの人差し指の関節を二本の指で軽くつまみながらボクの顔を見る。つまむ位置を少しずつ変えながら、ボクの顔が苦痛に歪む部分を探しているんだ。ぼくは、できるだけ痛みを悟られないように、歯を食いしばった。 「悪いんでしょうか?」
またデスクの方に向いてカルテを書き始めた。 「明日、演奏があるんです」 ドクターの手が止まる。デスクに向いた横顔が、一瞬怒ったように見えた。しかし、ペンを置いて、こちらを向いたドクターは笑っていた。
ドクターは、真顔に戻った。ボクの目の奧を見つめるようにして言った。
ドクターは真剣だった。ボクは、目をそらさずに訴えた。
「頼みますよ。明日だけ動けば、あとはどうなってもいい」 ドクターはボクから視線を外した。デスクに載せた右手が、ペンを揺らしている。ドクターは何か言おうとしてためらっている。何かあるんだ。ボクの指を動かす方法が。 「先生、お願いします」 (3)へ |