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窓から差し込む夕日が冷蔵庫に反射している。ボクは、カバンの中から糸巻きを出して、テーブルに置いた。糸巻きを見ながら、オジイとの二ヶ月間を思い返していた。気がつくと、テーブルの向こうにオジイがいた。
「オジイ」
「練習はどうだった?」
「うん。調子いいみたい」
「そうか。いよいよ本番。楽しみじゃろ」
「うん」
「今までよくがんばった」
「うん」
そんなこと、言ってくれたことなかったよね。
「ま、すべてわしのおかげじゃな」
「うん」
その通りだよ。
「最後のおさらいをしよう。ここで聞かせてくれ」
最後って何。
「 |
うん。今日くらい家の中で声を出しても、いいよね。明日本番だし」 |
「待ちなさい。それ」
オジイが、三線に貼ってある勘所のシールを指した。そうだった。人前で演奏できるようになったら剥がすんだ。久しぶりにシールを見たような気がする。数字が消えかけていた。シールを剥がしたあとを、指で擦ってみた。オジイを見た。微笑んでいた。
「きれいになったな」
「うん」
ボクは立ち上がった。オジイの後ろにある壁を見つめながら、ボクは歌った。二曲とも、止らずに歌えた。
「よしよし。完成としよう。本番もその調子でな」
変だよね。変に優しいよね。
歌うのはそれきりにして、あとは一人で三線を練習した。もう間違えることはなかった。顔を上げたら、オジイはいなかった。シールの無くなった三線を、ボクはケースに入れた。
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