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第八章 (6)
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第九章
エピローグ
 いよいよ、明日にせまった。この一ヶ月間、懸命に仕事をやった。本番が近いのに、どうして仕事をがんばれたのかって?逆なんだな。仕事の手を休めると、すぐに本番のことを考えてしまう。考えてもしかたないってことはわかっている。だから、本番のことを考えないように、仕事の時間は仕事にうちこんだってわけ。上司から「最近、ずいぶんがんばっているねえ」なんて。言われることはなかったけれど。
 もちろん、家に帰ってからは懸命に練習をした。ただ、家での練習なので、三線の演奏と暗譜が中心だった。オジイに言わせれば『てぃんさぐぬ花』はまだまだなんだろうけれど、ボクは手応えを感じていた。

 今日は土曜日。いつもよりも、一時間早く河川敷へ行った。一時間早いだけで、景色が違う。川に反射する光が違う。人も少ない。空気がおいしい。ちょっと寒い。ダウンジャケットを着て正解だった。
 今日は、ベンチに工工四を置いて立って練習だ。
 工工四を見ないでも演奏できる。でも、本番では工工四を置くことにする。工工四が前にあるってだけで、安心するんだ。パーティー会場に譜面台があるかどうかわからないけれど、おける場所くらいあるでしょ。
 立って弾くと、景色が広がるね。
 ボクはボク自身に、一つのルールを課すことにした。一回歌えても成功とはしない。二回続けて、間違えずに歌えたら成功とする。というものだ。

 今日は調子がよくて、『花』はすぐに成功した。『てぃんさぐぬ花』に移ってみた。調子がいい。短い曲なので、調子がいいとすぐに成功できる。二度成功させた。本番では、二曲歌うことになるだろう。だったら、二曲続けて間違えずに歌えるようにするべきだよな。よし、次の課題だ。二曲連続で間違えずに歌い切る。それが二度続けてできたら、成功としよう。
 『花』から歌う。問題ない。続けて『てぃんさぐぬ花』だ。調弦を変えるのも課題のうち。うまくいった。よし、もう一度本調子に戻して、『花』と『てぃんさぐぬ花』、連続で成功したら、今日の練習はおしまい。そう考えて『花』の歌持を弾き始めたとき、またあの不安がボクを襲ってきた。
 明日は本番だ。本番が終わったら、どうしよう。どうしようって、何だろう。三線は、ずっと続ければいいじゃないか。でも、オジイは。

 ボクは、考えるのが恐くなって、歌い始めた。でも、歌いながら考えてしまう。何度も止まった。あんなに調子よかったのに、夕日が傾くまで成功できなかった。ボクは練習をやめて、アパートに戻った。


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