直線上に配置
第八章 (2)
プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
第六章
第七章
第八章
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
第九章
エピローグ
 ビールじゃないよね。カクテルグラスを片手におしゃれな会話を楽しむんだ。肩を出したドレスとか、かっこいいスーツとか。胸に、なんて言うのかな、花の飾りみたいなのを付けてるよね。で、そんな人たちが何人か集まって会話を楽しんでるんだよ。新郎はこちらの輪で。新婦はあちらの輪で。ときどき笑い声が聞こえたりしてね。こういう人たちって、姿勢がいいよね。笑っても、グラスから飲み物がこぼれたりしないよ。

 会場の窓際に、カウンターがあるんだ。ガラス越しの夜景を背にしてバーテンダーが一人、お客さん二人を相手に静かな会話をしている。洒落たジョークをとばして、お客さんを楽しませているんだ。そこへ別の一人がやってきて、何かを注文したよ。礼儀正しく頷いて、シェイカーを振り始めた。
 BGMの音が小さくなって、社長さんがグラスを「チン」と鳴らす。すると、それぞれの輪が解けて、みんなが社長さんの方に向き直る。社長さんは、微笑みながらお客さんの顔を見渡して、それから静かに話し始めるんだ。

 「みなさん、楽しんでいらっしゃいますか」

 拍手とグラスを鳴らす音。直ぐに静かになる。

ありがとう。さて、みなさんお楽しみのところですが、少しだけ時間をいただきたい。今、私が一番楽しみにしていること。それは、」
 「初孫?」

 だれかが声を出した。会場がどっと沸いた。

 「そう、その通り」

 社長さんは声の主を指さして、片目をつぶって微笑んだ。

ですが、今日の一番の楽しみは他にあるんです。それは、今からご紹介する特別ゲスト。私にとって最良のビジネスパートナーであり、私のふる里沖縄の音楽をこよなく愛する好青年。その彼が、私の娘夫婦のために、そして私のために、今から歌ってくださいます。どうぞこちらへ」

 拍手の中を、ボクはお客さんに会釈しながら前に進み出る。社長さんと握手をしてから、もう一度お客さんにおじぎ。新婦が新郎の顔を見上げて、微笑んだ。拍手が鳴りやむのを待ってから、三線を構える。演奏を始める。
 胸元で両手を組んで、ゆっくりと体を揺らしている女性。その横で、新郎が新婦の肩をやさしく抱き寄せた。社長さんが目を細めて二人を見ている。バーテンダーも仕事を忘れて聞き入っているよ。
 一曲終わって、深くおじぎをする。みなさんからの拍手に笑顔で答えると、社長さんがこう言うんだ。

すばらしい。本当にすばらしい。あなたは沖縄の歌と心を理解してくれている。ありがとう。どうですみなさん。せっかくですから、もう一曲お願いしたいですよね」

 いちだんと大きな拍手。二曲目のスタート。


(3)へ

トップページへもどる
直線上に配置