直線上に配置
第八章 (5)
プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
第六章
第七章
第八章
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
第九章
エピローグ
 パーティーの三日前。木曜日の夜だった。パジャマに着替えて眠ろうとしたんだけれど、眠る前にもう一度だけ三線を弾いておきたくなった。キッチンの椅子に座ると、オジイが現れた。

 「立ってみなさい」

 オジイに言われたボクは、テーブルの上に三線を置いて、椅子を引いて立ち上がった。

 「弾いてみなさい」

 ボクは、椅子に座って弾こうとした。

 「違うよ。立って弾くの!」
 「なんで?」
 「本番に向けての練習だ」

 オジイとボクは、パーティーのことを「本番」と呼ぶようになっていた。コンサートじゃないけれど、ボクにとっては初舞台だ。本番というのがボクの緊張感と期待とを表す一番ふさわしい言葉だと思う。そう、このころのボクには、人前で歌えることが楽しみになっていたんだ。でも、まだ不安の方が大きいよ。

 「だから、何で立たないといけないの?」

 と口に出して気づいた。そうかもしれない。パーティー=西洋式=立食=立って演奏。正しい図式だ。でも、椅子ぐらいあるんじゃないの。

 「すぐ慣れる。今日からは立って練習」

 オジイには逆らえない。うん。できる。問題なさそうだ。と最初は思ったんだ。ところが、一曲演奏し終わるまでに、三線がずれていく。見かねたオジイが言った。

 「ズボンをはけ」

 ボクは、言われたように、パジャマを脱いでスラックスに着替えた。ワイシャツとネクタイに手を伸ばすと、オジイがまた口をはさむ。

 「スーツはいらん」

 いったい、何をしろというんだろう。上はパジャマ、下は黒のスラックスという、妙な格好になった。オジイが笑っている。

 「笑ってないで、教えてくださいよ」
 「それで演奏してみなさい。クックック・・・」

 まだ笑ってるよ。とにかく三線を構えてみる。演奏する。あれ?さっきよりも断然演奏しやすい。あ、そうか。ベルトだ。ベルトに三線が乗っかるんだ。パジャマにはベルトがついていないものね。本番もこのスタイル。いや、もちろん上もスーツだけど。ベルトがあるんだ。こいつは都合が良いぞ。

 「やりやすい。でも、やっぱり少しずれるときもありますね」
慣れじゃ。大丈夫。三日もあれば慣れる。それと、窓ガラスに姿を映して見てみなさい。格好良く演奏できるようにな」

 聞かせると同時に、見せることにもなる。本番では、初めて三線と三線奏者を見るっていう人も少なくないだろう。だったら、少しでも格好良くみてもらいたい。なんといっても上品なパーティーなんだから、演奏も上品にいきたい。そして、沖縄の三線ってカッコイイ。そう思ってもらいたい。
 練習を終えて片づけるとき、オジイから弦を取り換えるように言われた。まだ切れそうにはないけれど、念のためだって。そうだよね。本番で切れたら大変だ。縁起が悪いよ。

 「でも、なんで本番当日じゃだめなの?」
弦が伸びきらないかもしれんから。二日か三日前くらいに張り替えるのがいい」

 勉強になった。


(6)へ

トップページへもどる
直線上に配置