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第七章 (1)
プロローグ
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第七章
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エピローグ
 ボクは、先方の応接室にいた。あの契約のためだ。

 それにしても、よくここまで漕ぎ着けたものだ。居並ぶライバル会社を押さえて、この大会社がウチの社と契約することに決めてくれたのは、もちろんウチの製品の品質が他社よりも勝っているから。それと、ボクの力かな。実際、他社よりもやや割高になるウチの製品が採用されることになったのは、ここまで根気よく営業を続けてきたボクの力だ。と、ボクだけは信じている。

 仕入れ担当者がドアを開けて入ってきた。長身でやせ形。とがった顎にとがった鼻。薄い眉毛。細い目。そして薄い唇。ボクと目を合わせると、その細い目をもっと細くして近づいてきた。いつも笑顔なんだよね、この人。
 立ち上がって握手。二人同時に座る。契約内容は確認済みだし、今日は、契約書を交わすだけなんだ。
 カバンの中の封筒から契約書を取り出し、テーブルに置いた。その時、仕入れ担当者の眉が少し動いた。顔は笑ったままなんだけど、何か変だぞ。

 「実は、営業サイドとも相談したのですが」

 ほらきた。何かあると思ったんだ。ボクは、相手に負けないように笑顔のままで話を聞こうと努力した。

 「何か・・・問題でも?」

 まだ笑っているよ。

いえ、問題というわけではありません。ただ、今回、初めての契約ということもありまして。一度に千二百ケース仕入れても、すべてさばけるかどうか自信がないと。私は予定通り千二百で行こうと言ったのですが。まあ、営業の意向ということで。とりあえず、まずは六百。様子を見て、さらに六百ということでお願いしたいということになりまして」

 大問題だよ。まずいよこれは。約束では、うちの製品を千二百ケース一括購入してもらえることになっていた。うちの経理からは、千二百ケースだからこそこの単価でOKをもらっている。六百だと厳しいんだ。
 ボクは頭を抱えた。いや、実際に抱えたワケじゃない。鼻の下の汗を手で拭いて、大きく息を吸っただけだ。ああ、ボクの一存ではOKできないよ。もう一度社に戻って相談しなきゃ。でも、相談して、単価を上げろって言われたどうしよう。そうなったら、せっかくここまで苦労してきたのに、契約を白紙にもどされてしまうかも。ボクの笑顔はとっくに消えていた。


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