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第六章 (6)
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エピローグ
 その夜、オジイの指示でもう一曲タブ譜を描いた。『安里屋ユンタ』だ。

 「あ、これ、有名ですよね」
一つの曲だけを練習するのもいいが、飽きてくる。だから、これも一緒に練習しておけ」

 三線はそれほど難しくない。ただ、「3~1」とつながるところは、指が動きにくい。これも慣れだろうね。
 やってみて驚いた。少し練習してみたら、半分とまでは言わないけれど、三割、いや二割は弾いて歌えるんだ。『花』でこんなに苦労してきたのに、『安里屋ユンタ』の方が簡単なのかな。いや、そんなはずはないよ。どう見ても『安里屋ユンタ』の方が複雑だもの。ということは、えへ。うまくなったかな。

駄目じゃ!『安里屋ユンタ』ばかりじゃなくて、『花』も練習すること」

 わかってますって。

 あれから二週間。仕事帰りに飲みに誘われても断って、家で練習を続けた。土日は河川敷だ。合計六回、いや、一度は雨だったので五回行ったことになる。
 同じ曜日の、同じ時間に、同じ場所へ行くと、同じ人に会うことが多い。三度目の練習では、また隣のアパートのあのおばさんに会ったし、あの犬に吠えられた。その次の練習では、いままで遠巻きに見ていた親子連れが、ボクの側までやって来て、三線のことをいろいろ質問してきた。そして、やっぱり犬に吠えられた。その次には、あの犬も吠えなくなった。でも、彼女には会えないままだった。
 練習の方は、自分で言うのもなんだけれど、うまくなっている。と思う。演奏していて止まることはほとんどない。歌がうまくないのはしかたないとして、「三線を演奏しながら歌う」ということにはずいぶん慣れた。自分でも感心する。『花』を重点的に練習してきて、この曲なら、人前でも最後まで間違えずに演奏できそうな気がする。それをオジイに話したら、鼻で笑われちゃったけどね。笑われても気にしなかった。どうせ本当に人前で演奏する機会なんてない。

 ないはずだったんだ。


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