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「おじょうずですね。『花』」
こう言われて、嫌みだと感じることもあるだろうけれど、彼女の声が心地よかったのと、正直ちょっと好みのタイプだったのとで、ボクは笑顔で返事をした。正座をしたままで。
「いえ、まだ練習を始めたばかりで」
「もう一曲、聞かせてください」
この言葉も、図々しさを感じさせない心からのお願いといった響きだった。ボクは「何がいいですか」と言いたかったんだけれど「じゃあ、次はきらきら星を」なんて言ってもらえそうになかったので、正直に答えたんだ。
「すみません。今は『花』しかできなくて」
きらきら星は口にしなかった。
「じゃあ、もう一度聞かせてください。花」
暖かい笑顔だった。ボクは三線を置いてジャケットを脱いだ。一度咳払いをしてから、三線を構えた。右肩をぐるりと回して力を抜いて、もう一度咳払いをして、歌い始めた。
間違えたくなかった。どうしても止まるわけにはいかなかった。なのに、三カ所で間違えて、四カ所目で止まってしまった。少し戻ってその部分をやり直したんだけれど、また同じ所で止まってしまった。もう一度やって、また止まった。
「すみません。練習が足りなくて」
恥ずかしかった。正座をしているボクは、古典的な罰を受けているような姿だったろう。
「 |
いえ、こちらこそ練習の邪魔をしてごめんなさい。あの、がんばってください」 |
彼女から微笑みが消えていた。斜め前方に去っていった。
ボクは哀しかった。うまく演奏できなかったからじゃない。彼女の微笑みを消してしまったことが哀しかった。よし。絶対にうまくなってやる。今度会ったときには、ボクの歌で微笑みを取り戻す。
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