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第六章 (2)
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エピローグ
 土曜日のやや遅めの朝。だれもいない部屋に「いってきます!」と元気に声をかける。

 セーターの上からデニムのジャケット。背中には三線の入ったソフトケース。自転車にまたがり、ひんやりとした秋の空気を切って10分ほど走ると広い河川敷にでる。河川敷は、市民の憩いの場だ。

 就職して今のアパートに引っ越してきたばかりのころ、健康のためにジョギングを始めた。すぐやめちゃったけれどね。で、そのジョギングのコースが、家からこの河川敷までの往復だった。河川敷は広々としているし、周りには家もないし、楽器の練習に都合が良い。ボクがジョギングをしていたころにも、トランペットか何かの練習をしている学生を見たことがあるんだ。

 ボクはベンチを見つけて、そこに腰掛けた。三線を準備して、『花』のタブ譜を足下に置いてみたけれど、地面はちょっと遠くて見にくい。拾い上げてベンチの上に置いたら、今度は首を横に向けなければならなくなってもっとやりにくい。そこで体を横に向けてベンチをまたぐように座った。そうしたら、足を開くので三線が乗せにくい。とうとう、ボクはベンチの上に正座をした。
 ベンチの上に正座をして三線を構える。妙な格好だ。でも、気にしていられない。早速練習開始だ。まずは、歌わずに三線だけを弾いてみた。

 外で弾く三線の音は、部屋の中とは違って聞こえた。音が返ってこないというのかな。少し頼りない感じだ。ついつい大きな音で弾こうとする。でも、乱暴になってはいけないよね。
 よし。三線は大丈夫。って、あたりまえか。部屋でできていたんだから外でもできるよね。次は歌いながら弾いてみる。ここなら大きな声をだしても大丈夫。大きな声を出すために来たんだ。ときどきジョギングの人が通りかかったり、親子連れが手をつないで散歩していたりするけれど、そんなのを気にしていちゃあだめだ。堂々と歌えばいいんだ。大きな声で。恥ずかしがらずに。
 でも、もう一度、三線だけを弾いてみよう。

 結局、最初の20分間はずっと三線だけを弾いていた。次の10分間は、小さな声で歌った。人前で大きな声を出すというのが、これ程までに緊張することだとは思わなかった。


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