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オジイの話はおもしろい。でも、話を楽しんでいる場合じゃない。
「 |
ってことは、やっぱり三線の音がご近所に聞こえているんですよね。迷惑かけちゃってるよなあ」 |
「 |
迷惑なんかじゃない。みんな楽しんでいたんだ。オジイは村の有名人だったぞ」 |
「いえ、オジイの話じゃなくて、今の、ここでの話」
「 |
ああ、そうか。うん。迷惑だろうな。おまえは下手だし」 |
傷つくね。
「 |
三線を買ったときに、店員さんが言っていたんですよ。音を小さくするウマがありますよって。買っておけばよかったなあ」 |
今から一時間半かけて買いに行くのも辛い。行ったとしても店が閉まっているだろうし。買うのは明日、仕事帰りとして。で、今日の練習はどうしよう。ああ、できないとなると、余計にやりたくなってしまう。弾きたい。弾けない。弾きたい。弾けない。
「割り箸、あるか?」
この非常時に、なぜ割り箸なのかはわからないけれど、ボクはシンクの引き出しから割り箸を取り出した。
「 |
いや、割ってはいかん。そのままで、三線のウマをはずしてその割り箸を立てる」 |
ふざけているのかと思った。ウマの代わりに割り箸を立てるなんて。それで弾いてみろと言う。言われたとおり弾いてみると、
「え?あれ?へー。いいですね」
「いいじゃろ。ふふん」
得意げなオジイ。ウマを割り箸に変えたら、音が小さくなった。驚くほど小さく。これなら近所迷惑にもならないだろう。そのままチューナーで調弦を確認した。チューナーとコンタクトマイクの組み合わせは、割り箸で音を小さくしても問題ないようだ。たぶん、三線の振動を直接拾っているからだろう。
「 |
ただし、音が小さくなっても、弾き方はいつもと同じようにな」 |
音が小さくなると、どうしても強く弾こうとしてしまうんだね。なるほどね。さすがはオジイ。的確なアドバイスだね。
割り箸消音ウマを装着した三線で、昨日のタブ譜は簡単にクリア。
「まあまあだな。格好はずいぶんよくなった」
めずらしい。誉められちゃった。
「点数をつけると?」
「80点」
「 |
おお!すごい。で、後はどんなところを注意すればいいですか?」 |
「 |
そうだな。あとは、もう少し肩の力を抜いて、左手をやや下げ、右肘を開きすぎないようにして、三線をまっすぐ前に向け、ピックを滑らかに動かし、きれいな音が出せれば完璧だ」 |
・・・結局、全部だめってことじゃないか。また傷ついたよ。
「 |
ま、すべてができるようになってから前へ進むのではなくて、前に進みながら全体をまとめていく。そういうつもりでな」 |
そうだよね。昨日教わったことが、今日すべてできているなんてありえないよね。オジイの言葉には、説得力があるよ。
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