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エピローグ
 「ただいま」

 こんなふうに家に帰ってくるのは、何年ぶりだろう。一人暮らしを始めたころは、だれもいない部屋に「ただいま」って言ってたよな。いつから言わなくなったのかな。
 おじいさんはいない。どうやら、明るい間は姿を見せないらしい。ボクは三線を出して昨日の復習をした。しばらくして面白いことに気づいた。昨日よりもうまくなっている。
 え?うまくなってあたりまえだ?たしかに練習をすればうまくなるのは当たり前。でも、ボクの言っているのは違うんだ。
 昨日の練習を終えて、今こうして三線を取り出して練習するまで、ボクは一度も三線にさわっていない。つまり、昨日の練習終了時と同じレベルから今日の練習がスタートしているはずだよね。調弦して練習を始めたときはすこしぎこちない感じもした。でも、五分もすると、昨日よりもうまくなっているって思ったんだ。不思議でしょ?気のせいじゃないよ。ぜったいうまくなっている。技術って、少し寝かせるといいのかもしれない。

 そんなわけで、ボクはますます練習に打ち込んだんだ。昨日描いたタブ譜なんて、軽い軽い。右手を見ないで弾くことだって、それほど難しくないと思えてきた。

 「暗いところで練習すると、目に悪いぞ」

 おじいさんだ。部屋は、薄暗くなっていた。テーブルの向こうに座っているおじいさんに、ボクは書店で仕入れたこの言葉を使ってみたくなった。ゆっくりと、はっきりと言ってみた。

 「オジイ、こんばんは」

 手を伸ばしてあかりをつけた。

 「オジイ?ふん。懐かしいなあ」

 明かりの当たったオジイの顔は、ちょっとうれしそう。でも、注意もされた。「オジイ」とか「オバア」って、親しい人に対して使う言葉なんだって。だから、自分の祖父母。あるいは、ご近所の、毎日顔を合わせているようなおじいさんおばあさんの場合には使っていいんだけど、初対面の人に「オバア」なんて呼びかけるのはやめておくように言われた。かわいい呼び方だから、どこで誰に使ってもいいと思ったけれど、つまりは「年寄り」に対して「呼び捨て」にしているようなものなんだ。気を付けよう。って、ボクにそんな機会があるのか?

 それはともかく、ボクがここで「オジイ」を使う分には問題ないらしい。一緒に住んでいるようなものだからね。


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