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「ちょっと女弦が低いんじゃないか」
オジイが言った。ボクもなんだか少し変な感じだと思ったんだ。でも、ちゃんとチューナーで調弦したし、気のせいだと思っていたんだけれど。オジイが低いというのだから、と、チューナーでもう一度調弦しなおしてみた。本当だ、女弦が少し低くなっている。ボクの調弦の仕方が悪かったのかな。
「 |
そうじゃない。弦が新しい間は伸びやすい。伸びると音が下がるんでな」 |
なるほど、音がおかしいと思ったら、その時に調弦を確かめるべきだね。
調弦をやりなおして、さあ、オジイに聞いてもらおう。うまくなってるなあ、なんて驚いたりして。
ボクはタブ譜を前にして、昨日教えてもらったとおりに構え、一度オジイの顔を見てからピックで弦を弾こうとした。その時、気づいたんだ。音だ。今朝、隣のおばさんが不機嫌だったのはこの音に違いない。うるさいんだよこの音が。
「どうした?元気がないな。弾き方を忘れたか?」
「 |
いえ、ご近所に聞こえているんじゃないかと思って。三線の音って、けっこう遠くまで響くんでしょうね」 |
「 |
ああ、その通り。昔は、村の広場で三線を弾いていると村中の若者が集まってきた。電話もメールもしないでも、三線の音を聞きつけて遠くから人がやってきて、それが男女の出会いの場にもなった。いやあ、懐かしい。隣の村にナベって子がいてな、うちの村の男たちは、ナベの気を引こうと一生懸命だった。オジイもその一人だった。あ、その頃は若かったぞ。で、ナベの心を三線で鷲づかみにしようとしたんだ」 |
「へー、で、うまくいきました?」
「 |
歌と三線には自信があった。一生懸命歌ってみんなを楽しませたよ。ナベだけじゃない。他の女も男も、みんな心から楽しんでいた。ところがだ。こっちが歌っている間、ナベと一緒に踊っているのは別の男。楽しく話をしているのも別の男。歌って三線を弾いている間は、踊りも話もできんからな。結局、ナベは他の男と。はあ、地謡の悲しさってやつだな」 |
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