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第九章 (4)
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第九章
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エピローグ
 名前が呼ばれた。舞台中央のマイクの前に立った。おじぎをして、三線を構えた。左手の先が震えているのが見えた。見なきゃよかった。いきなり歌い始める予定だったけれど、ボクは一言付け加えることにした。

 「あの、おめでとうございます」

 拍手と指笛だ。

ボクは、ここに集まっていらっしゃる誰とも面識がありません。いえ、あの、社長さん、つまり、新婦のお父様に大変お世話になっています。新郎新婦にお会いするのは、今が初めてです。どうもはじめまして」
 「挨拶はいいから、早く歌えー」

 会場から、笑い声が聞こえた。

もう一言だけ。あの、それで、今日は社長さんのふる里の歌を歌います。ボクは、三線を習って、まだ二ヶ月ほどです。一生懸命練習したんですけれど、まだ、ときどき間違えます。でも、三線が好きになって、沖縄が好きになって、こうしてみなさんの前で歌うことができて、みなさんの仲間に入れていただいて、本当にありがとうございます。こんなに大勢のみなさんに祝ってもらえる新郎新婦は、まちがいなく幸せな人です」

 拍手が響いた。鳴りやむのを待って、ボクは『花』を弾き始めた。会場の隅から手拍子が聞こえ、それが全体に広がった。手拍子だけじゃない。歌声も広がっていった。会場のみんなが一緒に歌ってくれたんだ。
 歌が終わった。拍手をいただいた。ボクもみなさんに向かって拍手をした。そのとき。

 「アンコール!アンコール!」

 来た。ここだけは、想像通りだ。

あの、実はもう一曲用意しています。『てぃんさぐぬ花』といいます。ボクのオジイ、いえ、師匠は、この歌の方が沖縄らしいとか言ってました。知らない人が多いと思いますけれど、歌います」

 前奏を始めた。と、さっきのおばあさんが舞台に向かって歩いてくる。そのまま上がってきた。そして、ボクの左に並んで立って、手拍子をしながら一緒に歌い始めたんだ。それを見たお客さんは大喜び。係の人が、マイクをもう一本もってきて、おばあさんの前に置いた。デュエットになった。おばあさんの声は、暖かくていい声だった。心地よかった。

 終わった。拍手は、たぶん、ぼくへの拍手ではなくておばあさんへの拍手なんだろうな。ボクはおばあさんにお辞儀をした。すると、おばあさんは両手でボクの手をとって、拝むような仕草をした。何かを言っている。拍手の音で聞き取りにくい。ボクは耳を近づけた。

 「ありがとーねー。ありがとー。ありがとー」

 ボクの目から、涙がこぼれた。


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