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第七章 (4)
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第七章
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エピローグ
 社長さんは沖縄ファンなのだろうか。と考えたら、つい口走ってしまったていた。

 「実は、今、沖縄の三線を習っているんですよ」

 すると、社長さんは、今まで紅型の方を向いていた体をボクの方に向けて、こう言ったんだ。

三線を。いい趣味ですなあ。私、沖縄出身なんですが、三線はまったくできないんですよ」

 このあと、社長さんの口からは堰を切ったように言葉が溢れだしてきた。若い頃は、音楽を楽しむ余裕なんてなかったとか。だから、同年代の沖縄の人は三線なんて弾ける人はほとんどいなかったとか。本土へ出てきて今の会社を立ち上げるまでの苦労話とか。上場されたときの喜びとか。
 前にも言ったけれど、ボクは、こういう話を聞くのが嫌いじゃない。好きな方だと思う。社長さんの熱のこもった話に、ついつい引き込まれてしまった。沖縄を遠く離れて、なお深く沖縄を愛している社長さんに、親しみを感じるようになってきた。
 話が終わって、ボクと社長さんは並んでドアに向かって歩き出した。
 さて、現実は厳しい。契約は保留だ。社に戻ってからのことを考えると憂鬱で、気分どころか体ごと沈んでいきそうだよ。
 さっきのソファーを通り越して、ドアとの中間、ちょうど糸巻きをカバンに入れたあたりで、社長さんが手のひらをボクの方に向けて押しとどめた。

 「ちょっと待っていただけますか」

 社長さんは、ボクにそう言い残して、仕入れ担当者と別室へ行ってしまった。ん?ここで大逆転か?いや、期待するまい。でも、もしかしたら、沖縄のお菓子なんかをくれるのかも。パイナップルだったりして。だったら重たいだろうな。カバンに入るかな。


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