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第七章 (3)
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エピローグ
 振り向きながら、胸に手をやった。ペンは持っている。ボクのではありませんよと言いかけて、目を疑った。仕入れ担当者が笑顔で手にしているのは、三線の糸巻きだった。

 「あ、ああ、どうもすみません。ボクのです」

 いつのまにカバンから飛び出したのやら。いや、カバンに入れてたっけ?家に置いてきたはずだけど。とにかく、見つけてもらって良かった。こんな所にオジイの家を忘れていったら大変だよね。ボクは三歩戻って、仕入れ担当者と向き合った。

 「ありがとうございます」
 「珍しいペンですね」

 それには答えず、笑顔をみせるだけにした。糸巻きを受け取った。そのとき、仕入れ担当者の肩越しに、壁に掛かった額縁が見えたんだ。絵ではない。

 「あ、紅型」

 声に出てしまった。糸巻きを手にした瞬間、契約のこともここが先方の応接室だってことも、すっかり頭の中から飛んでいた。ボクは仕入れ担当者を横へ押しやるようにして、紅型の方へ歩み寄ってしまった。鳥と花の模様が、落ち着いた青の中に浮かび上がっている。

 「ええ、紅型です。よくご存じだ」

 社長さんの声で、はっとした。

 「きれいですね」

 いつのまにか、社長さんはボクの隣に並んで立っていた。紅型を見る横顔が少し嬉しそうだった。自慢の品ってやつなんだろうね。色遣いやぼかし方、絵柄のことなどを誉めたかったけれど、ぼくにはよくわからない。ただ、見ていて気分の良くなる紅型だと思った。落ち着くって言う方がいいかな。きっと有名な作家の作品なんだろう。
 社長さんが、紅型を見つめたまま口を開いた。

 「あなた、沖縄へは行かれたことが?」

 ボクは、社長さんの顔を見て答えた。社長さんは紅型を見たままだ。

はい。高校の修学旅行が沖縄でした。体験学習で紅型をやったんですよ」
なるほど。修学旅行が沖縄とは。そういう時代なんですなあ」


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