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第七章 (2)
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エピローグ
 そのとき、ドアがノックされた。仕入れ担当者が返事をする。ドアから入ってきたのは中年、いや、初老の男性だった。少しお腹が出ているけれど、ガッシリとした体格。白髪交じりの髪は、きれいになでつけられている。太い眉は少し下がり気味。大きくて優しそうな目。横に広い鼻。安物のスーツ。

 「社長」

 仕入れ担当者とほぼ同時にボクも立ち上がった。心の中で「安物のスーツ」だけを訂正した。仕入れ担当者は、ボクに見せる笑顔よりもっと上等の笑顔を作って、社長さんの方へ歩み寄った。そして、二言三言ボクに聞こえない会話をした。ボクは立ったまま待っていた。社長さんが右手を差し出しながら、ボクの方にやってきた。暖かい分厚い手だった。でも、握手をしながら僕の心は上の空だ。

 「このたびは、ご迷惑をおかけしまして」

 社長さんもソファーに座った。ちょっと期待したんだ。「最初の約束通り、千二百で」なんて大逆転を。でも、社長さんから聞かされたのは仕入れ担当者と同じ言い訳だった。
 ボクは、社長さんの話を聞きながらテーブルの上の契約書を見ていた。社に戻ったら、何と言い訳しようか。部長の顔が目に浮かぶ。ああ、期待してくれてたのに、その期待に応えられないなんて。ボーナスも薄くなっちゃうよ。
 契約書をカバンに戻して、大きく息を吸って、やっと言葉をはき出した。

わかりました。契約書の書き換えも必要ですし、今日はこれで社に戻らせていただきます」

 三人同時に立ち上がった。ボクは、深々とお辞儀をして、ドアの方へ向かって歩き始めた。ソファーとドアの中間辺りで、仕入れ担当者に呼び止められた。

 「ペンを、お忘れですよ」


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