三線のこと、いろいろ書いています。メニューからお選びください。





GO MOUTH HERE MOUTH 家宝になる三線がほしい
 このようなお悩みを、実際にメールでいただいたことがあります。
 そのままご紹介するわけにはいきませんので、ここではメールをもとに内容を再構成して、フィクションとしてご紹介します。

 この人(男性)は、今三線を持っておられます。親戚から譲られた三線だそうですが、代々伝わったものではありません。沖縄の三味線店で10万円で購入したものを譲ってくれたのだそうです。気前のよいご親戚がいらっしゃって、うらやましい。
 でも、それがどうも気に入らなくて、値段も怪しいとおっしゃいます。これはもらい物だからしかたない。今度は、子々孫々伝えていけるような三線を自分で購入したい。そこで、よい三味線店を教えてほしい。ということでメールを送ってこられました。

 これは困りました。質問の中で、「よい三味線店を教えてほしい」というのが、一番困ります。なぜか。私にとってよい三味線店が、他の人にとってもよい店であるかどうか。それがむずかしいのです。正直なところ、数ある三味線店の中には、私が二度と行きたくないと思っている店もあります。しかし、その三味線店を推薦してくれる民謡の先生もおられるようです。きっと、その先生にとってはすばらしい店なのでしょう。
 と、逃げてばかりでは申し訳ありませんので、先ほどの言い訳を書いたうえで、私の知っている三味線店をいくつかお伝えしました。このようなメールには、いつも同じように返事を書いています。

 でも、このメールへの返事が、三味線店の紹介だけでよいのか。私は長々と、以下のような文章も書き添えました。

 さて、今10万円の三線をお持ちと言うことですね。その三線が「10万円」の値打ちがあるかどうか、疑っておられるようです。
 私の今までの経験では、3万円のものを、10万円で売るようなあくどい商売をしている三味線店は、まずないと思います。10万円で購入されたのでしたら、きっと10万円の値打ちがあると思いますよ。

 「よい三線」「家宝になる三線」とは、どういうものか。これを考えておかなければ、どのような三線を入手されても、満足できないと思うのです。
 「よい三線」は、「気に入った音で、棹が黒檀、皮も美しく、形もきれい」ということでしょうね。音は楽器としてもっとも重要なことです。棹が黒檀ですと、これはもう、何百年と子々孫々伝えることができるでしょう。皮は破れることがありますが、やはりきれいな皮はよい音が出せると思います。形がきれいな三線は、楽器としての完成度を物語っています。
 ところが、これらの観点には終点がありません。「これが最高」というものがないわけです。どんなにすばらしい三線を手にしても、「もっとよい音、もっとよい棹、もっと美しい皮、もっときれいな形」というものが、あるかもしれないのです。100万円を出して三線を買っても「いや、120万円出せば、もっとよい三線が手にはいるのではないか」と思えてくるでしょう。結局、自分がその三線を愛することができるかどうか。愛することのできる三線が「よい三線」ということになると思うのです。
 「家宝になる三線」を考えるとき、先に書きました「愛することができる」という点が重要になるのです。沖縄県指定有形文化財の三線は、どれも古い三線です。指定される際に、工芸品としての美しさや材質が考慮されたことは疑いありませんが、音についてはそれほど重視されないようです。そもそも、そんなに古い皮ではよい音が出るはずもありませんし、文化財になるようなものを、簡単に張り替えるわけにもいかないのでしょうね。噂話ですけれど、県立博物館にある「盛島開鐘」という文化財が演奏されたことがあるそうですが、聞くに堪えなかったとか。
 この場合、音よりも「由緒・来歴」というのが重視されています。これは、言い換えれば「沖縄県の文化を代表する楽器として、県民が愛するに足る三線か」ということだと思うのです。

 今お持ちの、親族の方から譲り受けた三線。購入者がどのような理由で譲ってくださったかは存じ上げませんが、私は「高価な三線を譲ってくださったその人の気持ちを考えれば、その三線は愛すべき三線だ」という感想を持つのです。このことがその三線の「由緒・来歴」です。さらに、その三線で毎日練習を重ね、上達され、お子さんに聞かせてあげているとしたら、「父の、最初の三線」であり、お子さんにとって「子どもの頃に、父が聞かせてくれた三線」という価値がつきます。これはもう、家宝以外のなにものでもありません。

 これから新しい三線を購入されるということについて、異論はありません。どうぞ、よりよい音と美しさを追求して、すばらしい家宝になる三線に出会えますことをお祈りしております。同時に、今お持ちの三線を最初の家宝として、どうぞ大切にしてあげてください。以上、大変長くなりましたが、他にご質問などありましたら、いつでもご連絡ください。お待ちしております。ありがとうございました。

 ということで、みなさん。自分の三線を愛しましょう。



GO MOUTH HERE MOUTH 予備のウマは帰らない
 ウマの予備は、必ず用意しましょう。普通は、三線ケースのポケットに入れてあるでしょうね。小さなものですから、ポケットのシワの間にはさまって、行方不明!なんてことがないように、小さな袋にいれてから、ポケットにしまっておく。これ、オススメです。

 ところで、歩きながら演奏をしたことがありますか?
 エイサーの地方(じかた、地謡=じうたい)がそうですね。八重山の「アンガマ」という、旧盆の行事でも、家から家へ移動するときに歩きながら演奏します。
 こういう場合は、三線ケースをもって歩いているはずはありません。演奏中にウマが壊れるということはめったにありませんけれど、どこかにぶつけて壊さないとも限りません。小さなものですし、重たいわけでもないし、やはり予備を一つ持っておきたい。
 ズボンのポケットに入れてもいいですけど、歩いている間に、ポケットの中のウマが先に壊れてしまっては意味がありません。それに、エイサーもアンガマも、着物を着ているはずですから、ポケットが無い!
 ならば、手皮の紐にかけておくという手があります。ただ、どちら側にするか。これを間違えると・・・

 生涯でただ一度、アンガマの地方(じかた=地謡=踊りの伴奏)をつとめたことがあります。一度といっても、アンガマは三日間続きます。
 地方は先輩と私の二人。私はいつもウマの予備を手皮の紐にはさんでいました。初日が無事終わり、三線を片付けようとしたら、予備のウマが無くなっている。まあ、こういうこともあるんだなあと、それほど気にせずに、ケースのポケットからもう一つウマを出して、手皮の紐に。

 翌日のアンガマも無事終了。三線を片付けると、なんと、またウマが・・・

 ここで気がつきました。私は三線に向かって右側にウマをはさんでいました。ここは、歩いて演奏するときには、腰の辺りに当たる部分です。どうやら、そのせいで落としてしまったらしい。

 三日目。近くの三味線店で新しいウマを購入し、いつもの反対側=演奏中に上になる方=にウマをはさみました。この日は、予備のウマと一緒に家に帰ることができました。

 この日以来、予備のウマは左側。と決めています。

 私の場合、ウマは、ここ!向かって右側にも一つはさんでおいて、使うのは右側。この左側のは予備と決めています。
 手皮の紐を強く締めていると、ウマが挟めないときもありますね。無理にはさもうとして、ウマを壊さないようにしましょう。



GO MOUTH HERE MOUTH 皮を張るのは辛い
 「ちゃーびらさい!」

 と声をかけると、下を向いていた店主が顔を上げました。

 「おお、また来たの」

 右手に持っていたゲンノウを床に置いて、作業の手を休めます。

 「すみません。お仕事中ですね。どうぞ、続けてください」
 「いいよ、いつでもできるから」
 「皮を張っているんですか」
 「いいや、今は伸ばしているところ」

 皮を張る前に、一度伸ばすという作業があります。これは、皮を張るのと同じように、クサビを打って皮を張る作業なのです。

 「あのう、それ、私がやったら、こわれますかね?」
 「やってみる?」

 半ば冗談で言ったのに、店主は自分の作業スペースを私に譲ろうと立ち上がります。

 「いえ、あの、大丈夫ですかね?皮がだめになったりしませんか?」
 「大丈夫。今は伸ばしているだけなのに。はい、ここに座って」

 私と店主が場所を入れ替わってしまいました。



 左の2枚は、写真撮影用に見せていただいたもの。皮を伸ばす作業では、足で踏んで全体重をかけます。「70キロほどあるけど、大丈夫でしょ。あんたも、乗る?」と誘われましたが、遠慮しておきました。ちなみに、私は60キロですから、大丈夫だったはずですけど。
 右の写真は、店の前で干されている蛇皮。

 皮を張る道具を「ヤマ」と呼ぶ、と聞いたことがあります。織物の糸をつむぐ「糸車」も「ヤマ」と呼ぶはず。などと、落ち着いている場合ではありません。なんと、次に店主の口から出た言葉は、

 「はい、打って!」

 いや、そんなこと言われても。私の前には、クサビが4本ささったヤマが。いったいどれをどの程度打てばいいのか、まったくわからないのに。それに、ゲンノウも2つ。どっちを使えばいいのやら?

 「どっちでもいいよ。好きなほう」

 好きな方って、ゲンノウの好き嫌いは特にないんですけど。ともかく、目の前のクサビを打とうとゲンノウを持った腕を伸ばしましたが、それを打ち付ける前に、

 「あい、立てないとだめさー」

 四方からクサビが打たれたヤマは、亀のような格好で私の前にいます。そのままクサビを打とうとすると、地面と水平に打つことになります。それがいけないらしい。いや、私もやりにくいなあと思ったんです。店主の手振りでは、この亀を横向けに立てて、クサビを上からたたくようにするらしいのですが。

 「これでいいですか」
 「そうよ。そうしないと打てないのに。はい、打って」

 なんだか、もう、ほとんど修行の身です。恐る恐る打ってみると、

 「ハハハ、だめ。もっと強くよ」

 ええい、壊れても知らないぞ。っと強く打つと、

 「もっと強く」

 え?それでは、これでどうだ!

 「そう。はい、もう一回。・・・そう。はい、回して」

 回す?あ、そうか、次のクサビを打つために、向きを変えるという意味ね。

 「そうそう、もっと強く。はい、3回打ったら回して」

 一周すると、

 「じゃあ、黒いクサビがあるでしょ。それを入れて」

 今刺さっている4つのクサビの間に、黒いクサビを一つずつ、計4つ入れる。それをたたくことによって、先に入っていたクサビが緩んで抜ける。こうして、締める力を強めていくわけです。

 「どうも、ありがとうございました。十分勉強させていただきました」
 「え?もう終わり?まだあるよ」
 「勘弁してください」

 笑って場所を交代。店主が打つ。私の打ち方の比ではありません。ほとんど、力いっぱいという感じで、しかも、早い。一周するのに数秒だったでしょう。そう、これは仕事なのです。
 皮を伸ばす作業でこれだけ力を使うのだから、本当に張るときは、もっと大変だろうなあ。腕が痛まないのかな。と考えていたら、思わず自分の腕をさすっていました。

 それにしても、いい経験をさせていただきました。ありがとうございました。




GO MOUTH HERE MOUTH 八重山黒木はわからない
 八重山黒木。沖縄本島では「エーマクルチ」と発音します。
 三線を弾く人なら、一度は聞いた言葉でしょう。そして、一度は手にしたいと考える。違いますか?
 ここで、八重山黒木について考えて見ます。

1、八重山黒木とは?

 黒檀と呼ばれるものには、たくさんの種類があるそうですが、植物の研究をしたことはありませんし、難しいことはわかりません。少し調べて感じたことは、研究者による「植物学的な分類」と、材木店の「商取引上の分類」は違っているようです。後者の方が、大雑把だと言えるでしょう。
 材木店で話をうかがったところでは、「コクタン」と呼ばれる木には、「青黒檀」「シマコク(縞黒檀)」「カマゴン」「アフリカ黒檀」などがあるそうです。
 仏壇や床柱などに使われる「黒檀」は、三味線店で「シマコク」と呼ばれる「縞黒檀」が多いようです。
 三味線店では「カマゴン」も縞黒檀と同様に扱われるようですが、私が話を聞いた材木店では、「カマゴンは板にすると、変形がはげしいので、今は仏壇などに使っていない」のだそうです。
 「アフリカ黒檀」は、ほとんど縞模様のみられない、非常に硬い材質で、花台などの工芸品やそろばんの枠など、その硬さと美しさを活かして使われるようです。木の断面が円に近い形ではなく、まるで「アメーバ」のように入り組んだものが多く、ときに、石がはさまっていたりして、材木店を悩ませるのだそうです。
 他の黒檀は「カキノキ科」なのに、この「アフリカ黒檀」は「マメ科」だそうです。このことからも、黒檀という言葉が、木の種類を指す言葉というよりも材木としての見た目(黒いこと)や質(重くて硬い)を表していると言えそうです。

 私たちが三味線店で見る、真っ黒な黒檀は、「アフリカ黒檀」なのでしょうか。さきほどの材木店に私の三線を持ち込んで見てもらいましたが、
 「これは、アフリカ黒檀ではないね。こんな木も現地(輸出国)の人が持ってくることがあるが、心材が真っ黒じゃなくて、ところどころに白い部分が入ることが多いので、商品にならない。楽器を作る会社からは、真っ黒なものがあれば欲しいといわれたことはあるんだけど」
 と、この会社では扱っていないものでした。楽器を作る会社から言われたというのは、ギターなどの指板(指で弦を押さえつける場所の板)になる木がほしいという話だったようです。黒檀は、やはり音楽の世界とは深いつながりがあるようです。
 ところで、白い部分が心材に入る。これを、三線の世界では鶉目(ウジラミー)と呼んで、珍重する人もいます。ある人は「ウジラミーの入ったものは、質のよい木が多いよ」とも言っていました。一度、この会社に輸入してほしいものです。
 で、「ヤエヤマコクタン」のことも伺いましたが、「聞いたことはあるけど、扱ったことはないです」との返事でした。
 後日、この会社でアフリカ黒檀を見せていただきましたが、磨くほどに深みのある黒になるそうで、たいへん美しいものでした。値段も、縞黒檀より高いのだそうです。

 沖縄県内では、あちらこちらで黒木を見ることができます。街路樹にもなっているし、庭木にもなっています。めずらしい木ではないのです。
 街路樹などでは、「リュウキュウコクタン」とか「ヤエヤマコクタン」とか、名前が書かれているのがありますが、どうやら同じ種類の木に違う呼び名がついているだけのようです。八重山に育つものだけが「ヤエヤマコクタン」と呼ばれるのかとも思ったのですが、本島でも「ヤエヤマコクタン」の名札が下がった木を見たことがあります。本島育ちでも八重山育ちでも、三線になるときには「八重山黒木」ということになってしまうのでは、と思っているのですが、どうでしょう。

 県内では、たくさんの黒木を目にするのに、三線になる黒木は貴重品。そのわけは、山に生えている黒木を勝手に伐採してはいけないという法律があること。それと、たくさんあるといっても、目にする黒木はどれも持ち主がいるということ。三味線店にもなかなか入ってこないそうです。

 それでも、ときどきは持ち込まれることがあるそうです。持ち込まれる木は、庭木を切ったとか、畑に生えていたのが邪魔になって切ったとか、家を取り壊したときに、床柱などに使われていたもの、などです。
 庭木を切ったものは、細いものが多いのでよい棹になりにくいそうです。それに、切ったばかりでは棹にできません。木をねかせて、乾燥させなければなりません。棹になるまでずいぶん時間がかかります。一方、床柱や床の間の上部や下部の横木(「落とし掛」「床框」という名前らしい)や、仏壇の一部(沖縄の家ですと造りつけの仏壇は太い黒檀が使われていることがあります)になっていた黒木なら、十分乾燥しているから、さぞよいものができるだろう。と考えますよね。たしかによいものもある。が、案外少ないとか。特に、床の間に使われている横木には、三角柱のものがあったりして、棹には太さが足りない場合があるそうです。

 このように、よい八重山黒木に出会うのは、たいへん難しいのが現状です。

 八重山黒木=リュウキュウコクタンだとしたら、外国に同じ木が生えているという可能性はないのか?と気になります。図鑑を調べると、台湾以南にもリュウキュウコクタンがあるらしいので、リュウキュウコクタンが輸入されている可能性は高い。実際、ある三味線店は、店内の原木を指差して「復帰前に仕入れた輸入材だけど、八重山黒木と同じ木だ」と胸を張っていました。しかし、これらは「エーマクルチ」ではないことになるのです。

2、八重山黒木と輸入材の違いは?

 三味線店に聞きました。八重山黒木と、輸入品との違いはわかるのですか?と。
 いくつかの三味線店の話を総合しますと。
フィリピンクルチが墨を流したように黒いのに対して、八重山黒木はやや赤みを帯びている。
木の肌が緻密で、美しい。
シラタの部分が白ではなく、赤茶けた色をしていて、心材の中に少し混じる(=鶉目)ことが多い。
輸入材よりも八重山黒木の方が少し軽い。(軽いというのは、同じような黒檀と比較した場合であって、八重山黒木がユシギより軽いという意味ではありません)

 ところが、それぞれ逆の場合もありえるそうです。黒っぽい八重山黒木。シラタが赤茶けて、八重山黒木よりも軽いフィリピンクルチ。こうなると、区別のしようがありません。
 つまり、三味線店でさえ100%区別できるというわけではないということなのでしょう。

 それでも、やっぱり八重山黒木はいい。と言い切る人は少なくありません。三味線店でさえ、本物の八重山黒木はいい。と断言する人がいるのです。

3、なぜ、八重山黒木なのか?

 棹にとって必要なことは、変形しないことと、良い音を出すことでしょう。
 変形しないという点においては、黒檀はもっともふさわしいといえるでしょう。音という点では、どうでしょうか。
 棹の違いで、どれくらい音が変わるのか=棹によって、よい音が作り出せるのか。この質問には、人によっていろいろな回答をしてくれます。その前に、そもそも良い音とはどういう音なのだ、という話をしなければならないのですが、それについては結論を避けておいて、ここでは「棹(の質)が、音に影響を及ぼすのか」ということを考えたいと思います。

 ある三味線店に、よい棹になる原木の条件を聞くと、意外なことに、重さや硬さのことよりも、木の肌やしなやかさをあげました。
 木の肌の美しさ。これは、仕上がりのよさにつながります。工芸品として大切なことといえるかもしれません。まあ、肌がきたないよりはきれいな方がよいだろうと、納得しやすい話ではあります。では、しなやかさとはどういうことか。
 その店主は、棹を一つ手にして、芯の部分をバイス(棹を加工するときに挟んで固定する工具)に挟みました。もう、ほとんど仕上がっている棹をそんなところに挟むなんて、傷がついたらどうするんだろうと心配する間もなく、店主は、挟んだ方とは反対側の先端=棹の天の部分を指でつまんで、少しひっぱります。棹は、背の側に少し反りました。そして、パッと指を離すと、「ビーーーーーーンーーーーー」と振動しました。振動して当然ですが、目の前で新品の棹がバイスに挟まれてゆれているというのは、なんとも衝撃的な光景でした。
 で、店主が「棹が鳴るというのは、このことなんだ」と説明を始めました。
 棹は、硬いだけではだめ。硬くて、しなやかでなければ鳴らない。そのためには、木の根元の方よりも、少し上の方がいいし、棹を原木から削りだすときにも、天が、元の木の上にくるような方向がよい。普通、1本の原木から2本の棹を削りだす。そのとき、必ず片方が逆向きになる。同じ木からとった2本の棹でも、正しい方向の棹がよいものになる。
 このような説明でした。
 棹は、重くて硬いものがよい。それは、黒檀であるというだけでクリアできることなのでしょう。そのなかでもよい原木というのは、肌が美しく、しなやかなものだということなのでしょう。
 目の前で振動する棹を見て、音に影響がないはずがないと確信しました。でも、それを音の違いとして耳で確実に聞き分けられるかといえば、難しいでしょうね。わたしとしては、よい音を作り出す上で、棹の材質も無視できない。という理解をしておきたいと思います。

 しばらく八重山黒木を離れてしまいました。

 先ほどの「よい原木」の話から考えて、八重山黒木はその条件を満たしやすいのだろうと想像できます。真っ黒でなく、赤っぽいこと。鶉目が入りやすいこと。少し軽いこと。これらとしなやかさとに、関係があるような気がしませんか。

 しかし、それでもなお八重山黒木信仰にはついていけません。八重山黒木だからよいのではなく、八重山黒木の中に、よい原木の条件を満たすものが多いという程度に考えるべきでしょう。同様に、輸入材の中にも、よい原木の条件を満たすものがあれば、それは素晴らしい棹になるのです。

 八重山黒木の棹。心材が細いため、シラタが多くなっている。

 「今は、輸入ものの方がいいよ。八重山黒木は、細いのばかりだし、いいものが少ない。」と言う三味線店もあります。よい八重山黒木はよい。よい輸入材もよい。八重山黒木信仰から脱却し、よいものはよいと、自信を持っていえるようになりたいですし、自信を持っていえる三味線店が増えてほしいと考えます。




GO MOUTH HERE MOUTH 次の三線がほしい
1,なぜ、次の三線がほしいのか?

 三線、いくつ持っていらっしゃいます? 二丁?それとも三丁ですか?

 一度に使える三線は、1つですので、一丁あれば十分ですよね。でも、数丁持っている人も珍しくありません。
 複数の三線を持っている人は、どのような理由で二丁目(なんだか住所みたい)以降を買ったのでしょうか。ちなみに、私の場合は、結婚したときに妻の分を買いました。妻に少し教えたのですけれど、続きませんでした。以上。

 他の人は?きちんとアンケートをとったわけではありませんが、私が聞いた話や想像も交えて、その理由を並べてみます。

もっといい三線がほしくて
最近、教室に通うようになりましてね。はい、古典です。伝統的な音楽なんで、やっぱりちゃんと蛇皮の張ったものがほしくて」
やりましたあ。コンクールで合格したんですよお。『自分にご褒美』って言うんですか、さらに上をめざしたいですから、そろそろ三線も上のものをねえ」
ほらあ、私のより、あのコの三線の方がいい音してるでしょお。あんなのがほしいの。ねえ、買ってくれる?」
気づいたんですよ。今の三線より、もっと自分に合った三線がきっとある。探します。私の三線を」
私は、この世を去っても名を残すことはできない。でも、子孫のためにこの三線を残す!」

 最近は、低価格の三線には人工皮や二重張りが常識になりつつあります(なっているかも)。最初の一丁がそのような三線の場合、使っているうちに「やっぱり本皮の方がいいんだろうなあ」と思えてくるんですよね。実際には本皮だから音がいいとは限らないのですけれど、「本皮」=「本もの」っていう響きは魅力的です。
 じゃあ、最初の一丁、つまり人工皮か二重張りの三線を、本皮に張り替えればいいんじゃないか?おっしゃるとおり、新しい三線を買うよりも張り替える方が安くつきます。でも、そういう人は少ないでしょう。なぜか。安い三線に本皮を張っても、効果が薄い。あるいは、皮がもったいないと思えてしまうようです。それに、人工皮や二重張りは、破れる心配がありませんからそのままでずっと使える。使える三線の皮をわざわざ張り替えるっていうのももったいない。となれば、最初の三線はそのまま置いといて、新しいのを。まあ、最初のは「予備」ってことで納得しましょうか。
 それに「もっといい三線」と考え始める頃は、ある程度自分の好みもできあがってきているのではないでしょうか。音の好みはもちろんですが、型や糸巻き、手皮など見かけについても自分の思い通りのものを手に入れたいと思うでしょうね。

用途が増えたので
 特に、人前で演奏することの多い人は、三線を使い分ける必要がでてくるようです。
 たとえば、外で演奏することが多い人は、「天気が悪そうだし、蛇皮ではちょっと」と思ってしまいますよね。そんなとき、人工皮の三線もあれば「今日は雨だし、人工皮でいこう!」なんて、天気によって使い分けができます。本当は、使い分けなくても「人工皮一丁」あれば、お天気に左右されないのですけれど。そこはまあ、人前で演奏するのですから、できるだけ「本皮」で。という気持ちにもなるわけでしょう。
 音楽ジャンルでも使い方が変わってきますよね。
 ライブ活動をしている知人は、ギターと三線と、両方を使います。たとえば、5曲演奏するなら、1,2,5は三線で、3,4はギターというようなライブなのだそうです。ギターは、アンプにつなぐ。すると、三線だけ生音というわけにはいかなくなるんでしょうね。そんなときには、マイク内蔵型の三線がいいみたいです。
 マイクの前に立って(座って)演奏すればいいじゃないか。と思います?
 ライブの内容によっては、楽器を持ったまま舞台上を動いたり、飛び跳ねたりっていうことがあるでしょう。そんなときに、三線だけがマイクの前で直立不動っていうわけにはいかないんです。三線もって、あっちこっちへ動きたい。となれば、マイク内蔵型、あるいはマイクを三線に取り付けたタイプが必要になるわけです。
 他の楽器と合奏するときにも、音のバランスを考えて、マイク内蔵の方が都合いいっていうことがあるでしょうね。
 そんなこんなで、マイク内蔵型の三線を購入。あるいは、最初に買った安いのを改造してマイクをつけて、新しく、生音用の三線を買う人もいるとか。

家族の分を揃えるために
 子どもがやりたがるので、という声を聞きました。いいですよね。親子で三線。沖縄では、家族やきょうだいの民謡グループだってあります。将来「○○ファミリーズ」っていう名前でCDデビューも夢じゃないですよ。
 民謡グループを作るかどうかはともかく、「この子が将来独立するときには、この三線を持たせてあげよう」という気持ちは親としてわかります。子どもは「三線よりゲーム買ってよ」と言うかもしれませんが。ま、子供用とか言いながら、結局自分の「サブ三線」にしちゃうんでしょうか。
 「夫婦三味線」という言葉を使う人がいます。三線は、対(つい)で持つとよいそうです。「対でもつと、どんなふうにいいの?」と聞かれると、答えられませんけど。
 一つの角材から二本の棹がとれるわけですが、そのことが「夫婦三味線」という考え方の元になっているのかもしれません。
 さて、私のように「結婚したから配偶者の分の三線を」という場合、文字通り「夫婦三味線」なのですが、じゃあ、どんな組み合わせがいいのでしょう。つまり、型の問題です。
 「男と女でしょう。だから、真壁と与那がいいんだよ」
 「夫婦三味線は、同じ型がいいよ」
 と、人によって言うことがいろいろなんです。たぶん、決まりはないんでしょう。どうせなら、違う型にしたいですよね。

コレクションとして
 こういう人って、いるそうですよー。
 三線にはたくさんの型があります。たいていの場合、最初に買うのは真壁型。ですが、特に詳しい人でなければ、最初に買った三線の型が何かなんて知らずにいるでしょうね。
 あるとき、型の存在に気づいて、その個性に魅せられる。
 一度与那を弾いてみたい。知念大工って変わってるわよね。久場ぬ骨のか細さがいいわー。やっぱり原点は南風原よね。
 こうなると、すべての型を集めたくなります。
 コレクションは、型だけにとどまりません。今持っている三線が「ユシギ」。いつか黒木を。と思っていたら、なになに、カマゴンに縞黒。黒木もいろいろあるんだなあ。いつかは八重山。きりがありません。きりがないからコレクションになる。とも言えそうですけどね。
 もし、コレクションしながら三線に投資だと考えておられるのでしたら、やめておいた方がいいと思います。
 バイオリンの世界ですと「ストラディバリウス」という、作者の名前だけでとんでもない値段がつけられる楽器があるわけですが、沖縄の三線にはそのような人は存在しません。名器と言われる三線も、その三線単体がそう呼ばれるのであって、「あの人が作ったものだったら名器」というわけではないのです。もっとも、所有者であるあなたが名をはせて、あなたの三線だからプレミアが付いたという話になれば別ですが。

その他
 枕元に、白いヒゲの老人が立っていて、もう一つ三線を買わなければ幸せになれないと言うんですよ。それで買ってしまいました。
 うちの三線が、泣くんですよ。お友達がほしいよー、寂しいよー。って・・・。
 三味線店の前を通ったら、陳列ケースの中の一丁が、私に話しかけてきましてね。気がついたら、この子を連れて帰っていました。
 これ、これなんですよ。この三線に出会ったとき、ピンときたんです。こいつとだったら一生やっていけるって。迷わず買っちゃいました。
 ほとんど、言い訳のようなものですが。

2,どのような三線がほしいのか

 先に書きました「なぜ」を見ていますと、「コレクション」を除けば、すべて「今の三線よりも良いもの」ということになりそうです。そして、最初の三線でもって、ある程度練習を積んでいますので、次の三線には自分の好みを反映させたいと考えているはずです。「買いたい理由」も「買いたい三線」もはっきりしているのだから、購入は簡単。と思いきや、実際は二つめの三線を決めるのはとても難しいです。

 一つめよりも高いものといっても、どれくらい高いのか?
 目的は決まっていても、買う三線が決まっているわけじゃない。
 真壁以外の型にもいろいろあるし、店によっても違ってくる。
 好みに合わせるなんて、どの店でもやってくれる。

 そうなんです。最初の三線よりも、もっと悩む人が多いのです。

 店へ行く前からいろいろ考えて悩む。それがまた楽しい。と最初は思えても、だんだん辛くなってきます。ならば、何も考えずに、三味線店に行って気に入った三線を買ってくることができるか。いやいや、なかなか。
 そこで、一番決めやすいことから決めてしまうことをお勧めしたいのです。それは・・・ あるとき、三味線店で偶然手にした三線がとても気に入って、それが運命の出会いと感じて、それを購入するために貯金を始めて、やっと買うことができた。なんていうドラマのような(でもないですか)購入ストーリーの主人公になれる人は、めったにいません。運命的な出会いのない人は「さあ、二つめの三線を買うぞ。えーっと、どんなのを買おうかな」というところからスタートするものでしょう。
 ご自分の好みの三線を購入するのですから、ここで私が何を書いても意味がない。でも、一つだけ聞いておいてほしいことがあります。それは・・・

3,どのように購入するか
 二つめの三線を購入するにあたって、最初に考えるべきこと。それは、一番決めやすいことから決めてしまうということです。それは、

 予算です。

 「最初に買った三線は3万円だった。今度は奮発して、9万円のを買う!」

 ダイヤモンドは給料の三ヶ月分だから、三線は一つめの三丁分。というのは冗談です。5万円でも8万円でも、20万円でもかまいません。とにかく、自分で予算を決めます。予算すら決められない?それは甘えすぎです。
 そして、この記事で私が一番お伝えしたいこと。それは、

予算を決めたら、それ以上絶対に値段を上げないこと

 二つめの三線を購入予定のみなさん!今すぐこの言葉を紙に書いて壁に貼ってください。

 こんな人がいました。

 「三線を購入しようと思っています。20万円の予算なのですが」
 「それはそれは、ずいぶん高い三線を考えていらっしゃいますね」
最初は10万円のつもりだったのですけれど、ある三味線店で気に入った三線を見つけまして。それが15万円だったのです。だったら、20万円にすればもっといいものがあるだろうと思って。ちょっと無理しようという気になりました」

 御本人が20万円出す。と言っているわけですから、何も悪くありません。10万円よりも20万円の方が、良い三線が見つかると思うのは当然ですし、その通りでしょう。
 心配なのは、この後なのです。20万円の三線を買ったとしましょう。あるとき、25万円の三線を見つける。ああ、あと5万円出せばこれが買えたんだ!と悔やんでしまう。
 そんな人いないだろう、ですって?そうでしょうか。最初に10万円のつもりだったのを、20万円まで引き上げてしまった人ですよ。あと、たった5万円出せばこれが・・・と考えるに違いない。と私は思います。

 値段は、上げていくときりがありません。ですから、最初に決めた値段を動かしてはいけません。10万円と決めたら、10万円で買える三線の中から、もっとも良いものを選べばよろしい。値段以外の条件は、三味線店で相談すればたいていなんとかなります。
 こうして購入した三線を持っていれば、買った後にだれかの高級な三線を見ても、「ああ、あれは20万円だからああなんだ。私のは10万円。半分の値段でこれだけの物が買えたんだから、正解だよね」と思えるものです。たぶん。

 最後に、ケースは二丁入れがお勧めですよ。