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狩俣ぬイサミガ(宮古)その1   
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 「思ひ出の芸能」には、私の、ごく私的な記憶を書いてきましたが、今回は、まだ覚えてもいない曲を持ってきてしまいました。
 つまり、これから覚えようとしている曲です。覚える過程をここに書きとめて、それを「思い出」にしてしまおうという企画です。数回に分けて書いていくつもりです。「へー、こんなふうに練習して、覚えていくんだねえ」と思ってもらえれば、書いた甲斐もあろうというものですが。

 さて、宮古民謡ですので、とにかく発音が問題になることは想像できます。宮古の工工四などでよく使われる表記に「す」の右肩に「○」をつけたものがありますが、ここでは表記しづらいため「ズ」とカタカナで表します。その他、その場に応じて適当な表記をします。分かりにくい点も多々あると思いますが、ご了承ください。

 用意したのは、國吉源次さんのCDと、「声楽譜付宮古民謡工工四 上下巻」(平良玄幸)です。CDはときどき聞いていましたので、この『狩俣ぬイサミガ』も、だいたいメロディーはつかめているつもりでした。さあ、覚えよう!と、工工四を開いて、CDを聞きます。ぼんやりと歌詞を眺めながら、メロディーを中心に聞きました。

 工工四に書かれている歌詞は、おおよそこのようなものでした。(表記を少し変更しています。アガソミヤヨは繰り返し)
 一行で「1番」です。左を上の句、右を下の句と表現することにします。
狩俣のイサミガ
とんがらや家(や)居(う)んうむ
家(や)居(う)らばなうそで
此(く)り程(ぷど)のそウつん
海(いん)うりだ家居んうむ
ぞやぞや今日(きゆ)や海下(う)り
いざ海むが下りでが
下りならズ海(いんう)だら
ぱがてらや取(と)り持(む)ち
んうなぐずのみやらび アガソミヤヨ
なしぱだや 坐(びう)しうんむ
坐(びう)しうらば 如何(いか)そで
くりぷどの そびやりん
浜(ぱま)ふまだ 坐(びう)しうんむ
ぞやぞ今日や 浜踏ま
いざ浜が ふまでが
ふんならズ 浜だら
いそでらやさぎ持ち
 歌詞はこのあとも続いていましたが、CDに録音されているのはここに書いた「9番」まででした。ありがたいことに、CDを聞きながら工工四を見ていると、だいたい工工四通りの歌詞を歌ってくれているようでした。

 CDと工工四が違っているというのは、よくある話ですが、宮古民謡の場合はその度合いが大きいように思います。これは、琉球古典や八重山民謡が、早くから工工四を用いていたことと、「保存会」や「協会」などと呼ばれる団体も早くから活動をしていて、工工四をもとにして練習する人が多いためだろうと思われます。一方、宮古民謡の工工四は歴史が浅く、また歌い手をまとめる団体の活動も沖縄や八重山に比べると活発ではないと思います。そのことが、宮古の歌い方を無理に一つにまとめることなく、工工四に縛られない歌を残してきているのだろうと思います。

 歌詞を見てみます。
 『狩俣』は、地名です。発音は「かズまた」という感じでしょう。「イサミガ」は、女性の名前だろうというところまでは想像がつきました。あとは漢字で書かれているのを見て、「海へ行く話なんだろうなあ」という程度しかわかりません。「家」と「居」「坐」という文字もありますので、家にいるとか、座っているところから、海へ行くところまでが歌になっているのかなあ。と、ぼんやり考えていました。

 もう一度CDを聞きます。短い歌ですし、今までも何度か聞いていますので、メロディーはおおよそつかめています。今度は、発音に注意して、歌っているつもりで聞いてみました。
 一番で注意すべきは「かズまた」です。この「ズ」は今までにも何度もお目にかかっていますので、それほど怖くありません。「んうなぐず」の「んう」というのは「m」の音。つまり「むなぐず」に近い発音のようです。これも、お目にかかっています。とりあえず、一番は楽勝!と、二番に目と耳を移します。
 ここで大変なことになりました。下の句の「坐しうんむ」の部分が、どうしても聞き取れません。私には「んずぃんむ」というように聞こえました。どうなっているのでしょう。他の歌詞を見ても、CDと工工四はほとんど合っていますので、ここだけが違う言葉に置き換えられているとは考えにくい。けれど、そういうこともないことはない。さて、どうなのでしょう。そこで、私は膝をポンと打ちます。
 「そうだ!妻がいる!」
 妻は那覇生まれの那覇育ちですが、妻の母は、宮古島出身です。あるていど宮古の言葉が聞けるのです。そう、あの下地勇のCDも、聞いていて「だいたいわかる」と言っていたほどです。この言葉も、妻ならわかるかも。で、聞いてもらうと、
 「うーん。何かねえ。わからん」
 ここで私ががっかりすると思ったら大間違い。そうか、妻にも分からないんだ。だったら私にわかるわけがない。とりあえず、先に進もう。
 そうして、先に進んだのです。ところが、先に進むのではなく後戻りするべきだったと、後から気づくのです。

2003,8 
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