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パールハーバー入口 |
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Free of Life となずけられた平和記念碑→
この地球に生きる全てのものがたがいにに繋がり合っている様子を
ユニバーサルシンボルとし、建築家のアルフレッド・ブレイスによる記念デザインに使用しています。
とパンフレットに書いてあります。 |
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東京まで3856マイル 6210km 意外と近い |
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なので入る前にはまず荷物を全部預けなければいけません。
持って入れるのはカメラ、携帯、財布など貴重品だけ。
それを何かに入れることはできないので、ポケットに入れるとか
そのまま持って歩くとか、、、そして手荷物1個あたり3ドル必要です。
パールハーバーには様々な記念館とか博物館があり
無料のものと有料のものがあります。

それぞれの入場料は下記のとおり
*パスポート:大人$64 子供$35
*戦艦ミズーリ:大人$25 子供$13
*太平洋航空博物館:大人$25 子供$12
*ボーフィン潜水艦と博物館:大人$12 子供$5
*アリゾナナレーションツアー:
オーディオレンタル1台$7.5
パスポートはすべて含まれているので、
私たちはパスポートを買いましたが
値段の割にこのチケットって・・・・
レシートにチェック付けるだけです(;_;)
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 荷物をあずけて出てくると右にヘッドセットを貸してくれるところがあります。
このヘッドセットでそれぞれの説明を聞くことができます。
もちろん日本語での説明を聞けます。
入場のパスポートを持っている人は含まれているので無料だけど
ほかの人は$7.5です。
このアリゾナ記念館の入場は無料になっています。 このヘッドセットは世界中の言語に対応しているスグレモノです。
各展示のところには番号が書いてあって、その番号のボタンを押せば
直ぐにその説明になります。
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アリゾナ記念館は船で戦艦アリゾナが沈んでいるところまで行きます。15分頃間隔くらいに決まった人数しか船に乗れません。なので時間の予約をとっておかなければいけません。ネットからの予約もできるし、朝早く行って取るということもできます。私たちは結構早く行ったので8:45の船に乗ることができました。
船に乗る前にまず真珠湾攻撃のことをまとめた映画を見ます。字幕なしの英語のみです。
ヘッドセットで日本語の説明を聞くことができます。
古い戦争当時の映像もあり、真珠湾攻撃に至ったかなどを説明しています。
戦争をして得をする人なんて誰ひとりいなくて、悲惨なものであるということがよくわかります。
攻撃された側にも多くの犠牲者がいて、攻撃した側にも犠牲者が出る、本当に悲惨なことです。
そんな映画をを見てから船に乗ります。
真珠湾の中には戦艦が沈んでいて今もそのままになっています。 その一つアリゾナの上に記念館というか、慰霊館というかそれを建ててあるものです。
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船に乗るとすぐに記念館が見えてきます。 |
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内部はこんな感じです。
ここは慰霊の場所なのでそれなりの行動を・・・ということです。
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一番突き当たりにはこの攻撃でなくなった人たちの名前が
刻んであります。
1941年12月7日 奇襲攻撃を受けたアリゾナには1177人が
今もそのまま海に沈んだままです。 |
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アリゾナの一部が海上にむき出しになっていて、
燃料庫が爆撃されたため今もその油の流出が続いているとのことで
周りには油が浮いていました。 |
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近くに沈んでいる戦艦ネバダ |
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記念館から戻ったら戦争への道博物館、攻撃次資料博物館などをめぐります。
たくさんの資料が広大な敷地に点在していて全部見るにはかなりの時間が掛かります。
12月7日(日本時間12月8日)アメリカは日本がまさか空から攻めて来るとは全く予想をしていなかったようで空に対しては無防備だったようです。
戦艦アカギからたくさんの零戦が奇襲攻撃をかけ、パールハーバーだけではなくハワイのほかの港に停泊していた戦艦も
攻撃を受けたそうです。奇襲が大成功という暗号、トラトラトラです。
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投下された爆弾の実物大 |
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日本軍の魚雷 |
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その当時の写真など貴重な資料がたくさん展示されています。
平和を願い千羽鶴を追ってなくなった広島の佐々木貞子さんの千羽鶴と資料も展示されています。 |
零戦 |
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建物から出てくると外にもいろいろな展示があります。
潜水艦発射弾道ミサイルポラリス→

日本軍の人間魚雷 回天
この中に人が一人入って敵の潜水艦に突撃するのです。
なんと人の命を軽く見ているのでしょう。
何かの本で日本軍の最大の敗因は人の命を軽く扱かったことだと書いてあったような気がします。飛行機を作る技術も爆弾を作る技術も素晴らしいものがあったのに、一番大切な人の命を軽く見たのが誤りだと。
確かに特攻隊にしても、この人間魚雷にしても余りにも人の命を軽く扱いすぎです。
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1945年9月2日 東京湾に停泊した戦艦ミズリー上で無条件降伏にサインして、本当に戦争が終わったんですね。 |
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戦艦ミズーリは歴史でも習った、日本が無条件降伏の書類に
サインをしたあの戦艦です。
↑のパンフをクリックしたらミズーリのことを詳しく書いてあります。
興味のある方は読んでみてください。
前に見たアリゾナのところからはバスに乗って湾をグルッと回って
行かなければいけません。
もちろん無料のシャトルバスがあります。
アリゾナ記念館からはすぐそこに見えているのですが、
湾の向こう側になります。
まず入ったところにこんなものが・・・

終戦を知った戦艦の乗組員が嬉しくて思わずキスをした
というのをわざわざこのように作ってありました。 |
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前方甲板のこの場所でまさに調印式が行われました。 |
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調印された書類と実際に使用されたペン |
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サインする重光葵と梅津美治郎 |
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調印式に望む日本国代表 加瀬俊一・重光葵ほか |
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連合軍最高司令官 ダグラス・マッカーサー |
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ミズリーの乗組員が見守る中調印式が行われたんですね。
それにしてもものすごい数の人たちです。 |
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ミズーリの甲板は2枚の星条旗で飾られた。1枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物(48州の星が描かれた星条旗)、もう1枚は1853年の黒船来航で江戸湾に現れたマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物(31州の星が描かれた星条旗)であり、このうちペリー提督の星条旗については黒船来航の結果、当時の江戸幕府が日米和親条約を締結したという結果からすると、むしろ戦前の日米友好時代の象徴であるため
私は歴史で詳しく第二次対戦のことを習ったことがありません。なぜなら歴史の授業は明治維新に行く前に時間がなく終わってしまうからです。
ここに立ってみて、とても戦争というものを身近に感じて、またこの場所で歴史に残る大きな一歩が刻まれたと思うと
ちょっと感慨無量なところがありました。
やっぱり実際にその場に行って、自分の目でしっかり見てみないといけないなぁと思った次第 |
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ミズーリの右舷に僅かにへこんでいるところがあります。
これは日本の零戦が体当たりをしてきたときにできた傷だそうです。
一人の兵士が命をかけて攻撃してもこの程度のキズで終わってしまったなんて
なんと虚しいことでしょう。
そもそもはあんなに強大な国を相手に戦争をしようなんてとんでもないです、
無知で愚かだとしか言いようがありません。

ちなみに→この方が連合軍最高官のチェスター・ニミッツ
海軍元帥です。
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船内では鹿児島県にある知覧特攻平和会館からの特別展がありました。終戦記念日だからと思われますが・・・。 |
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知覧平和会館からは特攻隊で出撃した若い兵隊さんたちの写真、遺品
中でも遺書が多数展示されていました。
展示を興味深く見ていた外国人の人たちは一様に「Oh my God!!」を連発
片道の燃料で敵機に突っ込むなんてありえない・・・・と言っていました。
当然です、日本人としては小さくなってしまいます。
あと、遺書も英訳されていて、それを読んでも信じられないの連発でした。
長々と書いてある遺書、短い遺書、皆さん思いは同じだったでしょう。
ただただ、もう二度と同じ人たちを作ってはいけないと思わずにはいられませんでした。
びっくりしたのは、多数の方が毛筆でしかもすごくお上手な字で丁寧に書かれている
最後の手紙なんだから当たり前だけど、あのしっかりした文字からも覚悟のほどが伺えます。そしてそれだけ国を想う気持ちも強かったのでしょう。
いろいろ考えさせられることが多かったです。 |
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外に出てまたシャトルバスで下のところに戻ってくると、
真珠湾を見渡すように丸く公園になっていて、その周りにはこのように当時の写真とともに詳しい説明が書いてあります。
向こうに見えるのがアリゾナ記念館と戦艦ミズーリです。 |
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太平洋航空博物館 |
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パールハーバーの攻撃の時にも唯一焼けなかった格納庫が残っていて、そこを改造して航空アトラクションになっています。
もちろんゼロ戦も展示してありますが、同時に子供用だけど、戦闘機に乗って敵機を打ち落とすというアトラクションがあります。
戦争はダメと訴えている記念館がある横でそんなお楽しみを作ってもいいのかしら?と日本人にはちょっと考えられないことです。 |
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零戦 |
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日本軍が使用していた原寸大の爆弾 |
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どのように奇襲はなされたのか詳しく分析されています。 |
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戦争当時のままの戦闘機 |
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ほかにも多数の飛行機、ヘリコプターが展示されています。 |
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この博物館の外ではたまたま航空ショーが開催されていてたくさんの親子連れが来てい ました。ラジコンなのかなんなのかよくわかりませんが、結構大きな飛行機が飛び交っていました。 |
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潜水艦ボーフィン |
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潜水艦の中を見ることができます。 |
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この潜水艦は第二次大戦中に敵国の潜水艦44隻を沈めた
と書いてあります。 |
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このボーフィン潜水艦は中も全部見れるようになっています。
中は迷路のようになっている上に狭くて狭くて太っている人は通れないところもありました。ベッドもパンパなく狭くてこの中で何日も暮らすなんてすごいことだと思いました。
そういえば、広島県の呉の自衛隊基地にも潜水艦がありましたが、
中を見ることはできませんでした。 |
入ってからこの潜水艦を見終わるまでほぼ1日、6時間くらいかかりました。
それでも結構駆け足、日本語ツアーもあるのでそれを聞きながら回るともっと時間がかかるかもしれません。
でも、戦争は誰も幸せになれるものではなく、この先も永遠に世界からなくなればいいと思います。
この戦いでなくなった本当にたくさんの人たちの死を無駄にしないように、私たちも今の平和を後の子供たちにしっかり受け継がなくてはね。
いまさらですが、良い勉強になりました(^^ゞ |
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ここで記念写真を撮ってもらうと↓のような綺麗な両開きの
アルバムにしてくれます。 |
潜水艦のところでも記念写真を撮ってくれて、出てくる頃には↓のような
12月7日(現地時間)の新聞になっていただけます、すごい。 |
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パールハーバーは戦争を忘れないためのメモリアル記念館でもあるけれど、テーマパークでもあるのです。写真も新聞もかなり高かったです。 |