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黒木 | |||||||||||||||||||
| ここでは、三線にかかわってお話をしますので、ほかの分野の人から見ると、少し違った解釈になるかもしれませんがご容赦ください。材木に興味がある方は「紫檀の手違い」もご覧ください。 八重山では「くるき」、沖縄本島では「くるち」と呼ばれる木です。漢字を当てれば「黒木」でよいのでしょうね。 もともと、沖縄本島南部や八重山には、黒木が多くあった(現在も、街路樹や庭木としてはたくさん見られます)ようです。それらは「リュウキュウコクタン」という和名の木らしいのですが、「ヤエヤマコクタン」という名前も見たことがあります。三線の世界でのブランド品「八重山黒木(沖縄本島の人が発音するとエーマクルチ」はこの木らしいのですが・・・・ 「リュウキュウコクタン」と「ヤエヤマコクタン」この二つがまったく別の木なのかと調べてみたのですが、手元の植物図鑑には「リュウキュウコクタン」の名前しかありませんでした。『沖縄大百科事典(沖縄タイムス社)』には、「リュウキュウコクタン」の項で「ヤエヤマコクタン」とも呼ばれると書かれていますので、やはり同じ木なのでしょう。 三味線店では、八重山で育った場合だけ「八重山黒木」とし、沖縄本島の木と八重山群島の木を、素材(木材)として区別しているのか。おそらく、どちらで育った木を原木にした三線も、「エーマクルチ」になるのではと私は考えています。そもそも、区別すること自体、意味がないでしょうから。 県外ですと、「黒檀」という呼び名が普通でしょう。「黒檀」と呼ばれるものにもいろいろな種類があるようです。生物学的なことはよくわかりませんが、「カキノキ科」で、心材が黒いものがこの黒檀になるそうです。先の「リュウキュウコクタン」もその一つ。ですが、「アフリカ黒檀」と呼ばれる木は、「マメ科」だそうです。 さて、三味線店で扱う黒檀には、「八重山黒木」を最高として、「フィリピンクルチ」や「カミゲン」と呼ばれる、心材がほぼ真っ黒な輸入材の他に、「シマコク(縞黒檀)」や「カマゴン(これも縞黒檀の一種とする人もいます)」のように、はっきりとした縞模様が入ったものもあります。黒檀というくくり方をすれば、すべて黒檀。そして、黒木=黒檀と考えれば、すべてを黒木と呼べるわけです。しかし、「黒木」と呼ぶのはいわゆる真っ黒な黒木であると限定するなら、「シマコク」と「カマゴン」は含まれないことになります。 ここで、「フィリピンクルチ」についても述べたいところですが、これがよくわかりません。どうやら、輸入された真っ黒な黒木をこう呼ぶらしいのです。「リュウキュウコクタン」は、台湾以南にもあるようですから、あるいは「フィリピンクルチ」の中に、「リュウキュウコクタン」があるかもしれません。「フィリピンクルチだから質が悪く、エーマクルチだから質がよいとは限らない」という三味線店で聞く言葉も、納得できます。
余談になりますが、『三線のはなし(宜保榮治郎著・ひるぎ社)』の中で、アフリカ黒檀で細い三線を作ると、よく鳴ったという話が載っています。しかし、現在アフリカ黒檀で棹を作っているという話は聞きません。また、同著にカマグン(カマゴン)を「黒くて硬く・・・」、カミゲンを「黒に茶色が混じった虎苻(ママ、斑?)」とし、どちらも良材と評価しておられますが、カマゴンとカミゲンの説明が逆になっていると思われます。 きちんと調べたわけではないのですが、復帰前(1972年以前)は、「シマコク」「カマゴン」は、三味線店に入っていなかったと思います。三味線店も、三線に適した木をさがして、この二つがレギュラー選手に選ばれた。ということでしょうか。その意味では、これからも新しい黒檀、あるいは黒檀とは呼ばれない木で、三線に適したものが登場する可能性もあります。
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シンクマヤー | |||||||
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この棹は、シンクマヤーだといわれたら、棹に芯が入っているという意味です。芯が入っているという言葉を聴くと、なんだか高級な感じ。でも、一般的にはシンクマヤーでないものがよいと言われます。
シンクマヤーに対する評価は、人によって違います。 ある三味線店は、シンクマヤーは中心部分に隙間があるから音がよくないと言います。 また、ある三味線店は、音が悪いのではなく、ひび割れがあるかもしれないというだけのことだとも言います。 三線を作る人でさえ意見の分かれるところですので、私の判断など意味無いのでしょうけれど、無理矢理結論を導き出すとすれば、これは工芸品としての価値観の問題であって、楽器としての性能面では問題ないとしたいのですが、いかがでしょうか。 |
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塗り | ||||||
| 三線の棹には、塗りが施されています。三味線店は、「ぬり」と呼んだり「のり」と呼んだりするようです。 今回は、この「塗り」についての記事ですが、塗りそのものについての知識はあまり持ち合わせていません。記事の中に私の思い違いがあるかもしれませんが、その場合はご容赦下さい。 ○漆 難しい漢字ですが、漢字の苦手な私も、「漆」という文字だけは子どもの頃から書くことができました。その理由は置いておいて。 さて、「漆(うるし)」という文字、言葉から想像するものといえば、 『うるし=かぶれる』 そして、もう一つ。 『うるし=高級な塗り物』 ですよね。 三線を弾く人にとっては『かぶれる』ことを考える必要はありません。きちんと乾燥させた漆(塗り)は、かぶれる心配がまったくないからです。もし、万が一何かの間違いでかぶれたとしても、自然に治るのだそうです。跡も残らないとか。 気になるのは『高級な塗り物』の方です。弦をバシバシ叩いて、指でこすりつけるような三線の棹に、高級な「漆塗り」を使って良いのでしょうか。どうしてわざわざ値段の張りそうな漆を塗ってしまうのでしょう。 ○漆塗りの効果 塗ったから、どうなの? まずは、見た目の美しさでしょう。鏡のように仕上げることもできますし、輝きを押さえることもできる。色も楽しめます。透明にして、木地を見せることもできます。 もう一つは、木地の保護です。漆の被膜は、たいへん丈夫なものだそうです。 漆塗りと聞いただけで、高級品=デリケートと考えてしまうような私には理解しにくいのですが、水に強く、酸やアルカリにも耐え、傷もつきにくいのだとか。ただ、紫外線には弱いそうですので、直射日光は避けるべきです。
○お三味線と三線 話が逸れますけれど。 邦楽のお三味線(以下、お三味線)の棹は、木目がそのまま見えています。私が見たものは塗っていないように見えました。が、塗っていないのではなくて、漆で仕上げているそうです。木地を作って、塗り重ねて、研ぎ上げるという手間をかけているそうです。美しい仕上がりです。 塗膜が大変薄くなっているからでしょうか、お三味線を使用している間に棹の木部が減ってくるそうです。そのため、「かんべりの修理」つまり、沖縄の三線で言うところの「トゥーイ」を削り直す作業が必要になります。棹を削るわけですから、痩せていきます。「お三味線の寿命は、人の一生くらい」とは、ある邦楽三味線店のお話です。 沖縄の三線は、真っ黒に塗られています。これも漆ですが、塗りの手法が違うのでしょう。被膜が厚く、木目が見えないような黒が普通です。長年使用していても、漆の被膜が厚いために棹の木部にまで傷が達する前に塗り替えることが普通です。ですから、棹の寿命は半永久的といえるでしょう。 ○三線の塗り (1)黒塗りとスンチー塗り 棹は、一般的には黒塗りです。今は「スンチー(塗り)」と呼ばれる、透明な塗りが多くなっていますし、他の色も見られます。
(2)代用漆 昔は、おそらく漆以外の塗りを考えることができなかったのでしょう。現在は、漆以外にも、木工の世界にはいろいろな仕上げ方法があるようです。 たとえば、中学校の工作の時間に使った「ニス」。これも木の保護と艶だしに使われるわけです。ワックスをかけるとか、オイルを塗り込むとか、漆以外の方法がたくさん考えられますね。 漆に似た仕上がりになる塗料を「代用漆」と呼ぶことがあるそうです。代表的な物は、カシュー、ウレタンといった、科学的に合成された塗料です。どちらも漆と見分けがつかないほど綺麗に仕上がるそうです。私たちが「漆塗り」と思っているものにも、これら代用漆が使われていることがあるはずです。 三線にも使われているようです。ある三味線店のHPには「ウレタン塗装」と明記してある棹がありました。 これら代用漆も棹の装飾と保護に役立つわけですから、本物の漆にこだわる必要はないかもしれません。本物の漆よりも安価で手間もかからないそうです。 さて、三線にとって理想的な塗りは、どのようなものでしょうか。次はそのあたりを考えます。 |
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| ○望ましい塗り 三線の塗りで、一番望ましいのはどのような塗りなのでしょうか。 漆は、たいへん堅牢な塗膜を作ります。水や油にも強い上に無害(乾燥していればかぶれません)ですから、人の手が触れるところに使っても問題ありません。しっかりと木に馴染みますし、接着剤としても優秀です。天然素材なのに、まるで三線のために作り出されたかのような、優れた塗料ですね。 三線には、楽器としての価値と工芸品としての価値があります。塗りは、工芸品としての価値を高める意味があるといえるでしょう。長い歴史の中で様々な技法(塗り方や装飾方法)が工夫されています。仕上がりの美しさは格別といえるでしょう。 最近、スンチー塗りの棹が増えています。棹に使われる木の種類が増えてきたことが理由の一つにあげられると思います。 黒檀でできた真っ黒な棹に、スンチー塗りをしてもあまり意味がないでしょう。でも、最近よく使われる縞黒檀やカマゴンなど、縞模様の美しい木は、スンチー塗りにするとおもしろいですよね。 使用者(購入者)の広がりも理由の一つでしょう。見た目に楽しい三線を購入する人が増えているのです。黒木こそが三線だという考えの人ばかりではなくなっているのですね。 丈夫であること。見た目に美しいこと。どちらも大切なことだとは思いますが、三線は楽器として存在しています。どんなにすばらしい塗りでも、楽器として扱いにくいようでは意味がありません。 一般的な漆塗りはツルツルと滑りますし、少し汗で湿った手には張り付いてしまうような感覚があって、使いやすいとは言えない。と私は思っています。塗っていない棹を使っていると、その手触りの良さに手放せなくなってしまいます。 漆塗りの美しさは言わずもがなですが、黒檀の棹なんて、塗っていなくても十分に美しいと思いますよ。木の肌そのものを楽しむのであれば、塗る必要はなさそうです。でも、塗っていない=保護されていないわけでして、長く使っているうちに傷むのではないかと心配になります。実際、硬い黒檀であっても、長く使えば摩耗します。また、手の触れるところ(左手に乗せる部分や勘所)と、弦の当たる所の色が変わってきます。 使用感という点では何も塗らない状態が心地よいのですが、継続して使用することを考えると、何かを塗っておきたい気持ちになりますね。 そこで、「擦り漆」という手法はどうか。と考えました。 ○擦り漆(すりうるし) 「拭き漆(ふきうるし)」とも呼ばれます。 他の技法とちがって、工程が少なく(下地を作らないで塗りにかかる)初心者にも挑戦できる塗り方だそうです。とはいえ、完璧な仕上がりを望めば、それはもうプロの手に任せるしかないはずですが。 その擦り漆、三線にはあまり用いられていません。数百年の伝統の中で、まったく用いられなかったのかどうかはわかりませんが、私が知る限り一般的ではありません。先に書きましたように、塗りが一つのお店に任されているような時代が長かったために、その店の塗り方だけが三線の塗り方であるかのような状態になってしまっただけかもしれません。つまり、その店が擦り漆をやらなかったから、見ることがなかったのかもしれないのです。 木目が見えるという点では「スンチー」と似ているわけですが、三線に施されている「スンチー」はしっかりとした厚みがあって木の肌を感じることはありません。この「擦り漆」は、塗りの厚みを感じることはなく、手触りも木の肌に近いものがあります。それでいて、漆を塗り込んでいることで、木地は強くなっているはずです。 昔ながらの厚めの塗膜に比べれば、この『擦り漆』は保護膜としての効果は低いでしょうけれど、強度、使用感、美観のバランスを考えると『擦り漆』は三線の塗りの主流になっても良いと思っているのですが、どうでしょうねえ。 ○まとめ すべてが漆塗りであった時代。ほとんどの棹が一つの店で塗られていた時代。三線は黒いものと思われていた時代。 そんな時代ではなくなってきました。今、三線の塗りは過渡期にあると思います。 安い物は、安い塗りで。それで良いのです。ですが、その安い塗りも、「漆塗り」に近づけようとしているという点が残念です。もっと違った色や風合い、手触りのものがあっても良いはずです。 漆塗りも、調べてみれば驚くほど多様な技法がありました。その中から、楽器としての三線にもっとも適した方法を探し出してみるのもおもしろいのではないか。と思っています。 そして、私が今一番三線にふさわしいと思っている塗り方が、『擦り漆』です。これから先、『擦り漆』の三線が増えてくるでしょうか。もっと違った塗りの三線が登場するのでしょうか。楽しみにしています。 2005,6 【追記】 ○多様な塗り 塗りについて調べてみますと、その多様なことに驚かされます。 たとえば、デパートで「○○塗り」と書かれた塗り物を手にして、「これ、漆塗りですよね?」と店員さんに尋ねますと、「いいえ、これはカシューです」などと返ってくることがあるのです。有名な名前のついた塗りだからといって、漆を使ってあるとは限らないのですね。それは、産地を示してあるだけだったり、伝統的な技法で作られている(材料は代用漆であっても)という説明であったり、ときには名前を借りているだけだったりするわけです。 これは、技法についても言えます。「摺り漆」というのは、漆を塗って拭き取り、乾いたらまた塗って拭き取り・・・の繰り返し。ということになっています。簡単に説明すればその通りなのですが、実はいろいろなやりかたがあるのです。 たとえば、私が実際にやってみた摺り漆は、文字通り、塗って拭き取って乾かして、塗って拭き取って乾かして、最後も塗って拭き取って乾かしておしまい。これは簡単です。 あるとき、塗りの職人さんに摺り漆のことを聞いてみました。その職人さんは塗って拭き取って、乾いたら表面をペーパーで磨いてから次の塗りにかかると言います。ペーパーで磨くことで、表面を平滑にしているのですが、微細なキズもついています。これが次の漆をしっかりと密着させるのに役立つのだとか。 同じ技法であっても、やる人によってずいぶん違ってくるようですね。 ○店主の知識 私たちが塗りのことを尋ねる場合、三味線店の店主である場合がほとんどですね。三味線店の店主が塗りをしているという場合は心強いのですが、ほとんどの三味線店の店主は、塗り屋さんに外注しています。発注の仕方も、普通か上等か、黒かスンチーか、といった程度の区別しかしていません。ロー上げだの摺り漆だのといった言葉は知っていても、その技法については知らない三味線店がほとんどでしょう。 ○ロー上げ ロー上げというのは、いったい何なのか。 どこかの三味線店で「呂上げ」という文字を当ててあるのを見た記憶があります。また、「ロー上げ(研ぎ上げ)」といった書き方をしてあるのを見た記憶もあります。 「呂上げ」という文字から「呂色仕上げ」を思い浮かべます。呂色仕上げというのは、「呂色漆」という高級な漆を用いて磨き上げるのだそうです。 「研ぎ上げ」という言葉からは「胴摺り(どうずり)」など、磨く方法を連想させます。「ロー上げ」とは「胴摺りで仕上げる」という意味かもしれません。(沖縄の言葉は、「ラ行」と「ダ行」が混同されることが多いので、胴(どう)=ローとなったのでは。という推測です) いずれにせよ、手間のかかる工程ですし、磨くという点では共通しています。対義語として「塗り立て」という、磨かない仕上げ方もあるそうですので、「ロー上げ」の解釈は、「呂色仕上げ」としても「胴摺り」としても良いのかもしれません。 ここでちょっと、気になることがありまして。 ある三味線店が、塗り屋さんから戻ってきた三線に、ペーパーをかけてお客さんに渡しているという話をしてくれたのです。安い塗りでも、2000番といった細かなペーパーで表面を磨くと、ちょっと落ち着いた輝きになる。これは、その三味線店がお客さんの要望に合わせて行っているサービスですし、お客さんにもその旨を伝えてあるわけですから、何も問題はありません。 しかし、先ほど書きましたように、「塗り立てでなく、磨いたもの」をロー上げと呼ぶとすれば、安い塗りにペーパーをかけたこれを「ロー上げです」と呼べなくもない。これは困ります。本来、最高級と言って良いはずの「ロー上げ」の意味が変わってしまいます。 塗りの話は難しい。ですが、三味線店の店主もしっかり勉強して、誤解の無いように言葉を使ってもらいたい。こういった点を、最近立ち上げられた協同組合あたりが統一してくれるとうれしいのですがね。 2010、8 |
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芯と爪裏 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 「昔の三線は、芯を磨いていなかった」 という話を、どこかで聞いたか何かで読んだか。とにかく、芯を磨いていない三線があるという話なのです。 三線として使える状態のものでは、芯を見ることはできません。胴の下から少し顔をのぞかせていますけれどね。 胴を外すのは簡単です。弦をゆるめて、糸掛けをはずせばよろしい。その時に、胴がストンと落ちてしまわないように、膝の上で作業するとよいでしょう。さて、胴を見てみましょう。どうです?磨いてありますか? 「磨いていない」とはどういう意味か? 棹というのは、一本の木材を削って作るわけです。「削る」と言いましても、最初から最後まで彫刻刀一本で作業するわけではなくて、一般的には、バンドソーと呼ばれる大きな機械で大まかな形を切り出して、それからノミや鉋(かんな)、ヤスリ、あるいはグラインダーやサンダと呼ばれる電動工具なども使うようですが、徐々に棹の形にしていくわけです。 ごく当たり前のことですけれど、最初は大きく切り取る(削り取る)道具を使い、細かな作業ができる道具で形を整え、最後は表面を仕上げるというわけですね。 バンドソーの無かった時代は、ノコギリで切っていたそうです。 トゥーイはもちろんのこと、演奏者の手の触れるところ、目に触れるところは昔の人もヤスリなどを使って磨いたはずです。芯は胴の中に隠れているので、磨く必要がない。だから、昔の作り手は磨かなかった。合理的だった。現在は、便利な道具がいろいろあるし、芯を磨くこともそれほど手間がかからない。だから全部磨いてしまう。という話だと思っていました。 ところが、ある三味線店で聞いた話は違っていました。
つまり、型によって磨くか磨かないかが決まっていたというのです。さらに、
なのだそうです。なぜ磨かないことが技術の証かを少し説明します。磨くという前提で作る場合は、仕上がりの寸法よりも少し大きめにノコギリで切り出しておいて、それをヤスリなどで削りながら仕上げます。ですから、ノコギリで切り出すときに少々寸法が違っていても、ヤスリで調整できるわけですね。磨かないで仕上げる場合は、ノコギリで切り出した状態が、そのまま仕上がりの寸法通りでなければならないわけです。 演奏者にしてみれば、もともと見えない部分ですし、どうでもよいことですよね。ヤスリで仕上げてくれた方が綺麗ですから、寧ろ丁寧に作られているように見えて好ましいかも知れません。でも、そこは職人の考え方と演奏者の違いなのでしょう。「ノコギリで切っただけで、これだけきれいにできる」という技術の証明をしたいのでしょう。 以前は、磨いて仕上げておいて、その上からノコギリで切り出したままのようなざらつきをわざわざつけたものもあったそうです。「そういうのは、見ればすぐにわかる」と三味線店の店主は言っていました。 演奏者には見えない部分に、職人の意地を見た気がします。 |
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『沖縄の三線』(沖縄県教育委員会編集)という本の中に「爪裏の凡例」が六種類、図で表されています。
前編で、与那城型は芯を磨いていると書きましたが、その話をしてくれた店主によりますと、この爪裏の部分も、与那城型は磨いている。つまり、「彫刻刀で削ったような跡」がない滑らかな状態になっているのが本来の姿なのだそうです。 店主の話を信じるなら、少なくとも、与那城型においては、爪裏は「滑らか」であることが本来の姿ということになります。『沖縄の三線』を見る限り、型と爪裏の相関関係は見いだせません。与那城=滑らか、というのが、比較的新しい「決まり事」なのか。それとも昔から基準として存在するのだけれど、その基準がそれほど守られてこなかったということなのか、興味は尽きません。 |
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| 糸巻きのことを「カラクイ」と呼ぶ人もいます。「ムディ」と呼んだり「ジーファー」と洒落て(?)みたりする人も。三線の各部の名称というのは、何が正式なのかよくわからない状況にあります。 『三線のはなし』(宜保榮治郎、ひるぎ社)では、本来(?)の呼び方=沖縄名を示しています。同じものが『沖縄の三線』(沖縄県教育委員会)や『特別展 三線のひろがりと可能性展』(沖縄県立博物館)にも見られます。 「芯(心)」「爪裏」などの表記について、調べてみました。
これでおしまいにしたかったのですが、気になることがあります。和名で書かれた三線の図には「爪裏」「爪形」がありました。「爪の裏」「爪の形」という言葉があるなら、「爪」そのものがあるはずですよね。でも、図の中には見あたりません。鳩胸のあたりを「爪」と呼ぶことがありますので、そのように理解してよいと思います。 では、「鳩胸=爪」なのかと言いますと、そういうことにしておいてもいいけれど、ちょっと違うような気がします。場所としては同じであっても「鳩胸」と言うときには盛り上がっている部分を中心に考えているでしょうし、「爪」と言った場合は胴に接している部分を意識しているように思います。ですから、盛り上がりの形が大きすぎるときは「鳩胸が大きすぎる」と言い、胴と接しているところに隙間があれば「爪がきちんと合っていない」と言う方がしっくりくると思います。 【ウトゥアティ=爪】は誤植で【ウトゥアティ=爪形】が正しいのかもしれないと書きましたが、もともと厳密に「ここからここまでがチマグ」と決まっているわけでなく、「そのあたりの呼称」という理解であれば、誤植と決めつける必要はないのかもしれません。と、ここまであいまいにしてしまうと逆に著者に失礼かもしれませんね。ここは誤植と言っておきましょうか。 ここで、「足テビチ」の話。 大阪の人は「足テビチ」=「豚足(とんそく)」と理解しています。(「テビチ」というのは足のことではなくて、料理名だという話もありますが、それはおいといて)大阪で見る「豚足」は、まさに足先。20cmくらいでしょうかね。沖縄で食べる「足テビチ」には足の先端部分(だけ)ではなくて、少し上の方も使います。ですから、大阪の「豚足」は、「チマグ」=つま先、あるいは蹄(ひづめ)=と呼ぶ方が沖縄県民にはしっくりくると思います。 ここで思い出すのが、三線の「チマグ」。三味線店では「鳩胸」のあたりを「チマグ」と呼んでいることがあります。呼んでいなくても「三線の(棹の)チマグ」と言えば、たいていの店で通じるはずです。
正しい呼称というものにとらわれてしまいそうになりますが、実は、いろいろな呼び方があって、それぞれに背景があって、そんなことを考えるのもおもしろいものだなあと感じています。 2006,9 |