GO MOUTH HERE MOUTH 第一回 泡盛コンクール    泡盛の味
【泡盛の原料】
 泡盛のラベルを見ると、原材料として「米・こうじ」と書かれていることが多い。

 「良い米から良い酒ができる」という日本酒の考え方は、泡盛にはあまり当てはまらないように思う。
 市販の泡盛の中には、モンゴル産の米を使ったり、国内のうるち米を使ったりしたものもあるが、ほんの数例でしかなく、ほとんどの泡盛はタイ米で、しかも砕米(割れた米)が一般的だと聞いている。この「タイ米」も泡盛の風味を造り出す力になっているとは思うが、味を追求するために選びに選び抜いた原料ということではないようだ。
 麹(こうじ)は、黒麹菌を繁殖させたもの。黒麹菌はクエン酸を生成することで、腐敗菌の繁殖を防ぐという。温暖な沖縄でもくさりにくいもろみができるということらしい。

 この二つが「泡盛らしさ」を作り出しているのだろうと思われるが、同じ原料でも酒造所によって味が違ってくるのは、おそらく製造工程の違いと水の違い、そして保存方法の違いではないだろうか。

【水】
 米を水に浸すときから、蒸溜した泡盛を適当なアルコール度数に調整するまで、水はあらゆる場面で使われる。酒造所の宣伝文句には、おいしい水を使っていることを強調するために、「○○の川」とか「○○の井戸」といった文字を見ることがある。
 沖縄県は広い。平坦な隆起珊瑚礁の土地もあれば山がちな地方もある。水の硬度にも大きな違いがあるはずだし、その違いは泡盛造りに大きく影響するはずである。なのに、どちらが良いという話にはならない。それぞれに泡盛は造られていて、それぞれにファンがいる。おもしろいものだ。

【貯蔵方法】
 昔は甕貯蔵が一般的だったのだろう。現在はステンレスタンクが主流だそうだ。ステンレスタンクは大型のものが作りやすい。貯蔵も出荷もパイプを通してできるだろうから、甕に比べれば格段に作業効率が良くなるはずだ。この大型のステンレスタンクが使われるようになったのは、回転ドラム式の「自動製麹機」の登場が大きな理由らしい。それまでの手作業に比べると一仕込みのモロミ量は旧式の製法に比べて10〜20倍になるそうだ。

 今も甕貯蔵にこだわっている製品もある。「半年以上甕で寝かせてから出荷」と書かれたものも見たことがある。甕で寝かせることで、特別な風味が付くと考えられているようだ。甕貯蔵と銘打って差別化を図り、高級品として販売している向きもある。

【貯蔵年数】
 古酒は、貯蔵年数が長いほど値段が高いことになっている。では、長く保存するほどおいしい古酒になるのだろうか。

 市販の古酒は、それなりの味になるように調整されていると思う。例えば、100%5年古酒と表示されていても、いくつかの5年古酒タンクの中身をブレンドしている場合があると聞く。まったくの想像だが、同じ5年を経たタンクであっても、あるものは香りは良いが刺激が強いとか、あるものは甘みは強いが深さがないとか、それぞれの個性が出てしまって、純粋に一つのタンクの泡盛を出荷するよりも、ブレンドによって品質を高める工夫をしているのではないだろうか。
 酒造所ですら古酒を思い通りに育てるのは困難なのだろう。素人の我々ならば、なおさら困難なはずである。

 ある酒造所のHPにおもしろい話が載せられている。18年目に蔵出しした泡盛を試飲したところ、商品にできる状態ではなかったが、二年後もう一度試してみたら、すばらしい泡盛になっていたので、販売に踏み切った。という。
 我が家で育てている古酒にも、興味深い変化があった。2004年に仕次ぎするために汲み出した一つの銘柄をある人に飲んでいただいた。「これはすばらしい。うまい」と言っていただいた。ところが翌年、同じ人に2005年に汲み出した分を飲んでいただいたら、それほどの感激がない。前年評価の低かった銘柄の方が良いと言われてしまった。
 これらの話と経験から、私は泡盛の育ち方というのは、グラフに表せば右肩上がりの直線ではなくて、波があるのだろうと思っている。

理想的には、このグラフのように古くなるほど美味しくなって欲しい。
実際は、去年は良かったのに今年はだめだったりと、変化があるようだ。

 保存する環境、容器、仕次ぎする泡盛の品質、量、間隔など、様々な要因で泡盛は変化していく。だから、おいしくなったり少し落ち込んだりもする。ただ、泡盛を育てる者としては、グラフが波打っていたとしても、全体としては右肩上がりになっているはずだ。そうあってほしい。と思いながら、今日も甕を撫でているのである。

【味の表現】
 私は、泡盛を飲まない。ビールもだめ。今、パソコンの横にはアイスティーが置いてある。
 だから、泡盛の味はまったくわからない。そんな私は、人に飲んでいただいて感想を聞くのが大好きだ。自分は一切飲まずに、人が泡盛を飲んで、その味を言葉で表現してくれる。それを聞き続けてきたわけだが、その表現のおもしろさに感動さえ覚える。ここで、いくつか紹介しておきたい。

○比喩
 「まるで〜のようだ」と例えるのである。その例え方も二通りある。
 一つは、他の食品に例えて表現する例。
  • 果物のような甘さがある
  • バニラの香りがする
  • 化学調味料を入れたような

 もう一つは、食品以外のもので表現する例。角があるとか、丸いといった言葉は良く聞かれるが、中にはこんなものも。
  • 腐葉土を食べているみたい
  • ヤギの臭いだ
 あまり良くない評価が多いか?ワインの世界にも「赤土」だの「雨降り」だの、不思議な表現があるらしい。

 ここまでは、香りと味を表現しているわけだが、中にはこんなことを言う人も。
  • これ、口の中で暴れるよ
  • 若いなあ
  • ガツンとくるね
  • スルスルっと入るよね
  • 針で刺されたみたい

○時間表現
 泡盛は、一瞬で味わえるものではないらしい。このように時間経過を表現してくれる人も多い。
  • 飲み込んだ後、胃の中に入って、もう一度鼻に帰ってくるよね
  • 一度に広がるんだけど、すぐにきえてしまう
  • 徐々に強さを感じる酒だな
  • 飲めば飲むほど、味が強くなっていくような気がする
  • 余韻が長くて、いつまでも口の中に残っている感じだが悪くないね
○位置の表現
 体のどの部分に何を感じるか。これを表現する人も多い。
  • 口元に持ってきたときの香りはやさしいんだけど、口の中に入れると辛い
  • 舌の先がしびれるよ
  • 鼻の奥にガツーンときてから、喉が焼ける
  • 喉の奥までスッと入っていくけれど、胃に到達した途端、爆発するね

 これからもいろいろな表現を聞かせていただきたいものだ。

【エピソード】
 「泡盛の味」最後は、泡盛にまつわるいくつかのお話で終わりにしたい。


○墓の中の泡盛

 ある家で、三十三年忌のお祝いがあり、お墓を開くことになった。お墓の中には、甕に入れられた泡盛が眠っている。その泡盛をみんなで飲むことになった。家人は、親族だけで泡盛を楽しむのではなく、その泡盛メーカーにも連絡をして、墓から出された泡盛を味見してもらうことにした。
 泡盛メーカーから数名の社員が参加。墓の中から出された甕を見て、古株の従業員は「そうそう、昔の甕はこういう形だったよ」と懐かしがったという。
 さて、甕の中の泡盛が参列者に振る舞われる。社員たちも飲ませていただいた。さぞ素晴らしい古酒に育っていると期待していたのだが、アルコール度数がずいぶん下がっているようで、おいしいとは言えない酒になっていた。
 (泡盛メーカーの若い女性社員から聞いた話)


○古酒の香り

 年に一度か二度、我が家に遊びに来る若者がいる。いつも二人〜四人である。遊びに来たときには、簡単なつまみと古酒を出すことにしている。決まった銘柄ではないけれど、いつも会うときは久しぶりなので、すこしでもおいしい泡盛をと思って、古酒ばかりを出していた。
 あるとき、彼らに新酒を飲ませてみた。いつも古酒を飲ませているので、新酒を飲ませると「きつい」とか「角がある」とか言うのではないかと期待したのだが、彼らの反応は予想外のおもしろいものだった。

 「これ、泡盛ですか?泡盛の匂いがしないですけど・・・」

 泡盛は、古酒になると独特の甘い香りがする。普段は泡盛を飲まない彼らにとって、泡盛と言えば我が家の古酒。つまり、古酒の香りこそが泡盛の香りだと思っていたのだ。


○飲み比べ

 独自の工夫をこらした沖縄料理を出す店。もちろん、泡盛の種類も豊富だ。沖縄通、ダイバー、三線ファン、いろいろな人が集まる知る人ぞ知る名店である。
 そのメニューに「古酒飲み比べセット」がある。年数の違う古酒を三種類並べて出してくれるのだ。お客さんが要望すると、どれが何年ものかをわからないようにして出してくれる。そう、クイズである。
 その日も、常連客が一人挑戦した。三つの猪口に、それぞれ泡盛が注がれていた。傍らに店主が立っている。客の向かい側には、連れの女性が所在なげに頬杖をついていた。

 女性は思っていた。(「当たったからって、どうなのよ」)

 客は、三つの猪口を行ったり来たりしながら、とうとう全部を飲み干した。眉根に皺を寄せたまま、一番右の猪口を指さして言った。

 「これが一番高い・・・古いの」

 店主は表情を変えずに聞いている。

 「次がこれ。で、こっちが一番若いのだ。どう?」

 回答を聞いた店主が、微笑みながら言う。

 「残念でした」

 店主は客の肩をポンと叩いて、カウンターの中に戻った。客は連れの女性の顔を見てから視線をテーブルに落とし、ため息交じりにこう言った。

 「また外しちゃったよ」

 女性はもっと大きな溜息をついて、店主の方を見た。店主は哀れむように言った。

 「少し酔ってらっしゃるから」

 客は水の入ったグラスを持ったまま目の隅で女性を見た。女性は、壁にかかったマンタの写真を見ていた。

 「シークヮーサー酎ハイのおかわりは?」
 「もういいわ」

 客は水を一口含むと、まるで苦い薬のように飲み込んだ。

 客は思った。(「彼女の前で、やらなきゃよかった」)

 グラスをテーブルに戻すその手が、テーブルに届く寸前で止まった。口元が、何かを思いついて笑っていた。まだ視線を合わせてくれない女性に頬笑みかけて、カウンターの中の店主に、笑ったままの口でこう言った。

 「ねえ、店主は当てられるの?」

 カウンターの中で、店主はグラスを磨く手を休めずに言った。

 「はい。私は酔っていませんからね」
 「じゃあ、お手本を」

 店主は片方の眉を少し上げて、磨いたグラスを棚に戻し、客席にやってきた。

 客は思った。(「これで店主が間違えてくれれば、起死回生ってやつだ」)
 店主は思った。(「気の毒だけれど、私が外すわけがない」)

 客は立ち上がって、店主を座らせた。三種類の泡盛がテーブルの上の猪口に注がれた。店主が体を後ろに捻って「どうぞ」と言う。客が猪口の位置を並べ替える。再びテーブルに向き直った店主。

 「では」

 一つを含んで頷く。隣の猪口へ。そして三つ目。少し首をかしげて、二つめの猪口に戻ったが、また大きく頷いた。店主は膝の上に手を置いて、客の顔を見た。客の喉がゴクリと鳴った。店主は右手の人差し指で、猪口を指さしながら回答した。

 「一番若いのがこれ、次はこれ、そして一番古いのがこれ」

 そう言って、テーブルの上で両手を広げ自信満々に微笑んだ。客は連れの女性と目を合わせ、大きな声で言った。

 「はずれー」

 店内に、客の笑い声が響いた。

 「え?本当?ちょっと、ねえ、もう一回やらせて」

 店主は万全を期した。先に味見をして、それから挑戦したのだ。

 客は思った。(「これで当てても、オレの評価が下がることはない」)
 店主は思った。(「次は、外すわけにはいかない」)

 しかし、また外してしまった。客も、今度は笑えなかった。涙目の店主が「もう一回」と懇願する。「もちろんさ」と客は店主の肩に手を乗せた。

 客は思った。(「どうした店主。君の力はそんなものじゃあない」)
 店主は思った。(「当ててやる。絶対に当ててやるんだ」)

 三つの泡盛を慎重に飲み比べる。最後の猪口を置く手が少し震えていた。店主の喉が、何か固いものを飲み込むように動いた。

 「一番若いのがこれ」

 客は小さく頷いた。

 「次はこれ、そして一番古いのがこれ」
 「せ、正解!やったー!」
 「ありがとう。ありがとう」

 店主は立ち上がって、客と抱き合った。二人は泣いていた。

 客は思った。(「君を信じて、よかった」)
 店主は思った。(「二人で勝ち取った勝利だ。ありがとう」)
 女性は思った。(「ばっかじゃないの・・・」)


 (この物語は、ちょっとだけフィクションです)