「前ぬ浜ヨー」から始まる千鳥節。 　『八重山民謡誌（喜舎場永�c）』の『千鳥節』に登場する浜の名前。 　前ぬ浜、高浜、ミダラ浜、伊武田浜、前泊浜、大泊浜、船原浜、那良浜、外若浜、島仲浜、立川浜、屋良浜 　『八重山古典民謡工工四下巻（大浜安伴）』では、 　前ぬ浜、いんだ浜、高浜ぬ、みだり浜、前泊、大泊、船原、那良浜、外若浜、島仲浜、立川原浜、屋良浜 　この二つは、どちらも十二番まで（浜の名前が十二）で、浜の名前も、順序や読み方の違いこそあれ、ほぼ同じといえます。 　『鳩間島古典民謡古謡集工工四（小浜光次郎）』では、曲名が『鳩間千鳥節』という名前になっています。 　前ぬ浜、浜崎浜、ならり浜、舟原浜、外若浜、島仲浜、立原浜、屋良ぬ浜、イトゥマ浜 　以上九つの浜が登場。同書には、地図が書かれています。集落の前が「前ぬ浜」で、そこから反時計回りに島を一周する格好で浜の名前が歌われているようです。 　前出の２つの『千鳥節』と『鳩間千鳥節』で、浜の名前が違っているのはなぜか。 　『八重山民謡誌』では、『千鳥節』を鳩間島の歌だと明記してあります。しかも、「かかる小さい島岐において浜の名称が十二もあるとは、おそらく世界的記録の一つであろうと思われてならない。」と、どうやらこの十二の浜の名前すべてが鳩間島に存在すると信じていたらしい。 　今の鳩間には九つの浜しかなく、昔は十二あったのか？それは考えにくいですね。私は地図と共に書かれた『鳩間島古典民謡古謡集工工四』を正しいと見ます。 　聞いたところでは、『千鳥節』の方には、西表の浜の名前が入っているそうです。『鳩間千鳥節』は、鳩間の浜の名前だけを使っている。だから、浜の名前や数が合わない。では、なぜ『千鳥節』には西表の浜の名前が入ってしまっているのか。（注：相違する浜の名前が、すべて西表にあるかどうかは、確認していません） 　一つは、『千鳥節』を取材した相手が、鳩間島の歌い手でなかった可能性。よくある例ですが、「石垣島で歌われている鳩間の歌」といった場合に起こることです。これは、『小浜節』や『与那国ションカネー』などにも見られます。鳩間島で歌われているときには、間違いようのない浜の名前も、よその島で歌い継がれているうちに、別の浜の名前が入ってきたのかもしれません。 　もう一つ。西表の浜も、実は鳩間の人々にとって大変身近な場所だったから、もともと『鳩間島の千鳥節』にも西表の浜の名前が使われていた可能性。『八重山民謡誌』の中で、『鳩間節』について書かれた部分があります。そこには、鳩間島の人々が、西表で稲作をしていたという話がかかれています。「伊武田（いんだ）」は、西表にありますが、鳩間島の人々が稲作をしていた地域だそうです。 　２０年ほど前は、石垣から鳩間へ貨客船に乗っていきました。「鹿島丸」という名前だったと思うのですが。お天気のよいある日、甲板で三線を弾いていると、男性が話しかけてくれました。 　「鳩間島の千鳥節を知っている？」 　私は、『千鳥節』を歌いました。すると、 　「鳩間ではね、ちょっと違っているんだよ」 　と、『鳩間千鳥節』を私に聞かせてくれたのです。囃子の、「ハリミルク」という部分も、 　「鳩間ではね、『ハーリースーユークイ』と『ハーリーナーンークイ』というのを、交互に使う」 　と教えてくれたのです。千鳥が、潮を越える（スユクイ）波を越える（ナンクイ）という意味だとも聞きました。「ハリミルク」という、豊穣を願った言葉もすばらしいですが、見たままを表現した「スユクイ、ナンクイ」も素朴で美しい表現だと思いました。