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島唄(ポップス)      
 (ポップス)で、よいのでしょうか?ジャンル分けは苦手です。

 とにかく、すごい流行のしかたでした。どこから、何から流行りだしたのかは知りませんが、気が付いたときには大阪でもみんな知っていました。「パチンコ屋へ行ったら、必ずかかっている」という知人がいましたが、その話を聞いたときはパチンコをしない私でもこの歌を知っていました。

 三線を始めるきっかけになった曲が「島唄」です。という人は多いでしょう。おそらく沖縄県民にもそういう人がいると思います。
 沖縄で車を運転しながらラジオを聴いていると、一日に三度「島唄」が流れてきたことがありました。沖縄でも、それほどまでに流行していたのです。
 そして、ついに「民謡」の工工四に入ってしまいました。ここまでくれば立派な沖縄の歌です。

 「シマウタ、弾けます?」
 「今流行っているシマウタですか?」

 必ず、こう聞き返さなければなりませんでした。
 私にとっての「シマウタ」は、奄美民謡です。ですから、弾けません。しかし、「弾けます?」と聞いている人にとっての「シマウタ」は、「島唄」かもしれないし、沖縄民謡という意味かもしれない。まあ、どのみち「島唄」も「沖縄民謡」も、私には弾けないに等しいので、「弾けません」と答えればよいわけですけれど、見栄を張って「八重山民謡なら」などと言いたいが為に「ですか?」と聞き返すわけですが。
 で、たいていの場合、「シマウタ」は「島唄」なわけで、私も意地を張らずに覚えておけばよいものを、なんとなく自分が触れるジャンルではないような気がして。弾けませんのまま、今に至っています。
 今思えば、ジャンル分けは苦手なくせに、民謡といえるかどうか、作者が沖縄県民かどうか、歌詞が方言かどうか、そんなことに気をとられていた自分が少しはずかしいです。

 「島唄」は、「しまうた」という言葉にも影響を与えたと思います。

 沖縄の民謡を「しまうた」とくくってしまうようになったのは、それほど昔のことではありません。
 仲宗根幸市氏が、1970年代に「しまうた文化研究会」を結成し、その後著書の中で「しまうた」という言葉を奄美から八重山まですべての歌謡を包括する意味で使っておられましたが、一般的にはそれほど広まらず、あいかわらず「民謡」という言葉が主流でした。
 もともと、「内地(県外)」に対して「しま」という言葉がありました。「しま豆腐」といえば、沖縄豆腐のこと。「しま酒」といえば「泡盛」、「しまんちゅ」といえば「島の人=県民=あるいは、もっと狭い範囲で地元の人」というぐあいです。ですから、何の注釈もなしに「しまうた」という言葉を聞けば「ああ、沖縄の歌のことだね」と想像できます。これは、「奄美民謡だね」と理解する人よりも多いと思います。だからといって、テレビやラジオで沖縄の歌を「しまうた」と表現することは、「島唄の流行」以前にはまずなかったでしょう。
 それが、「島唄」のおかげで、「沖縄の歌のことを、しまうたって呼ぶんだって」と、県外の人が認識しはじめ、それが沖縄にも広がってしまったのだろうと、私は考えています。

 とにかく、「島唄」はいろいろな方面に影響を与えてきたようです。