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ペンガントーレー(八重山)       
 琉球舞踊の発表会で、「松竹梅」を見たとき、2つの驚きがありました。1つはその珍妙なかぶり物(失礼)。もう一つは、「ペンガントーレー」とそっくりな曲が流れてきたことです。
 その後、曲の名前が「黒島節」であったことを知ったときは、3度目の驚きでした。ペンガントーレーは、まさに黒島の芸能です。

 ペンガントーレーは、歌も踊りも、極めて「説明的」です。黒島にある6つの村の男女(みんなで12名!)が、それぞれ何かを獲りに行くという歌詞に合わせて、実際に獲っている様子を表します。
 6つの村の男女は一人ずつ踊ります。つまり、12番まで歌があります。一人ずつ登場し、踊ったら帰らずに、舞台上にかがんで待ちます。12名全員が踊り終わると、「マンガニスッツァ」に合わせて村の男女が打組踊り(男女ペアの踊り)をして、帰ります。村は6つですから、これも6番あります。計18番。長い!と思われるかもしれませんが、一つ一つが短いですし、見ていて楽しいので長さは感じないでしょう。

 釣り竿をもって出てくる男がいます。魚を釣る所作を見せるのですが、舞台の上で実際に魚を釣るわけにはいきませんので、最初から糸の先にぬいぐるみの魚をつけた竿を用意しています。踊り手は、魚のついた釣り竿を担いで、舞台中央に進み出て、客席に向かってその魚を放り投げ、客席から魚を釣り上げたかかのような仕草を見せるわけです。舞台に登場したときから、そのつり上げられる魚はお客さんから丸見え。でも、それは踊りであって実演ではないのですから、お客さんも納得ずくで見ているわけです。

 ある年、八重芸が定期公演で「ペンガントーレー」を演じることになりました。私は、OBとしてリハーサルを見ていました。(見ているだけで、出演はできません)それまでにも何度かやっている芸能ですので、特に目新しいわけではありません。が、「釣り竿」を持って出てきた男を見て、首をかしげました。魚がついていないのです。リハーサルだから、魚をつけずに踊るのか?いいえ、そんなはずはありません。リハーサルだからこそ、本番同様に魚をつけて出てこなければならないのです。
 踊り手は、下手(しもて)から中央まで歩み出て、正面に向きなおり、足を踏みならします。釣り場を見定めるような所作のあと、いよいよ客席に向かって釣り竿を振ります。魚のついていない竿を・・・
 竿先が徐々に持ち上がります。と、糸だけのはずの竿がしなっています。さらに竿が持ち上がる。なんと、魚が見えてきました。糸の先に魚がついているのです。どうなっているのでしょう。登場したときには、魚はついていなかったはずです。客席から魚を釣り上げたとでもいうのでしょうか。まるで「手品」です。

 あとで、本人に種明かしをしてもらいました。簡単なことでした。魚は、最初から糸についていたのです。では、登場したときにはなぜそれが見えなかったのか。彼は魚を懐に隠していたのです。洋服ではなく、着物で踊るわけですから、懐は布が重なっているだけです。何食わぬ顔で舞台に登場。いつも通りに踊って、竿を大きく振ると、懐の中から魚が勢いよく放り出されるのです。一瞬のことですから、私のようにぼんやり見ている人には、魚がどこから出てきたかわかりません。まるで、空中で釣ったように見えるわけです。

 本場、黒島ではやらないことでしょう。(客席に魚を持った人が待っていて、振り出した糸の先に、お客さんが魚を付ける。という荒技を見たことはあります)懐の魚は、彼の工夫だったわけですが、それ以来、八重芸のペンガントーレーはこの「手品」を採用しています。

 伝統芸能に、新しい工夫。芸能の味を壊さずに、楽しさを加えられたよい例だと私は思っています。