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前ぬ浜(琉球舞踊)       
 琉球古典の発表会へ行くと、勉強にはなるけれど、楽しい時間を過ごすことはむずかしいものです。理由は一つ。琉球古典についての知識が乏しいからです。もっとよく知っていれば、どの曲を聞いても、どの踊りを見ても楽しめるはずです。

 それでも、舞台を見ていて体が少し前に乗り出すのは、軽快な踊りが始まったときでしょう。前ぬ浜は、そんな踊りの一つでした。

 ある日、何を思ったか琉球舞踊のカセットを買ってきました。誰が?私がです。
 家で聞いていても、やはりゆっくりとした曲はあくびが出てしまいます。その中に、あの「前ぬ浜」がありました。けっこう覚えやすそう。ということで、三線を取り出して練習し、なんとか歌詞を最後まで覚え、でたらめな演奏ではありますが歌いきることができるようになりました。
 ちょうどそのころ。職場(当時、沖縄県内の小学校につとめていました)で親睦会がありました。宴もたけなわ。三線を弾いて遊んだりしているところへ、職場の先輩(女性教員)がつかつかと歩み寄ってきて「あんた、前ぬ浜弾きなさい。踊るから」と言うのです。
 しめた!です。ちょうど先日覚えたところ。「はいはい」と二つ返事でOKしました。が、先輩はもう一言付け加えたのです。
 「ただし、曲の順番が違うから。あのね・・・」
 え?え?何?一瞬何のことだかわからなくなりました。もう一度先輩に確認したところ、一般的な前の浜の曲順と、先輩の踊りの曲順が違うから気をつけろという話なのです。

 前ぬ浜の一鎖は『前の浜節』『坂原口説』『与那原節』の3曲です。先輩の踊りは、この順序が入れ替わっている。どう入れ替わっていたか、今となっては思い出せませんが、とにかく、曲そのものは同じで違うのは順序だけ。ということはわかりました。
 順序を変えるだけ。簡単そうですが、3曲セットで覚えている私には難しい。難しいけれど先輩の言うことです。いえ、先輩でなくても、地方は踊り手のためにあります。言われたとおりに演奏しなければ。

 さて、職場仲間たちの注目を集めての舞踊「前ぬ浜」。踊り手と地方が本番で初めて合わせるという恐ろしい試みが、なんと、うまくいったのです。なんとかなるものですねえ。他の職員からやんやの喝采(もちろん、踊り手に)です。

、それから数日後、PTA総会がありました。体育館に大勢の保護者と教職員が集まっています。予定通り進行して、そろそろ終了というときに、例の先輩が、「あんた、前ぬ浜やろう。この前と同じだから」ときました。
 今回は、保護者の前での演奏。これはいいところを見せたい。私が注意すべきことは、順序を入れ替える。これだけです。「わかりました」と、舞台のそで(舞台の左右にある、客席からは見えない場所)へ駆け上がりました。

 そでにあるマイクの前で三線を構えます。司会が、これから特別に『前ぬ浜』を披露しますというアナウンスを入れます。歌持を始めると、大きな拍手の中、先輩が滑るように舞台中央へ。
 定年間近の先輩でしたが、動きは若々しく、空手の所作も決まっています。うまいなーと思って見ていると、手がかってにいつもの順序で演奏していました。・・・あら・・・・あ!しまったと思ったけれど、もう遅い。先輩は、数秒間気づかずに踊っていましたが、やがて「プッ」と吹き出して踊りがストップ。そのまま下手に向かって、滑るように戻ってきました。客席は大爆笑。このままでは踊りのミスだと思われるかもしれませんし、私も責任がありますので、三線を持ったまま舞台中央に出て行って、
「すみませーん。僕が間違えましたー」とぺこり。それで客席はまた大爆笑。

 歌をやっていると、たくさんの失敗を経験できますけれど、舞台の中央であやまったのは、これが最初で最後でした。

2003,6