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愛の雨傘(沖縄)       
 題名を見て、沖縄民謡だと思う人は沖縄民謡を知っている人です。って、あたりまえですけど。
 「愛の雨傘」って、歌謡曲かなにかに見えません?「の」が「ぬ」だったら、沖縄民謡だと思うでしょうか。「愛の雨傘」「愛ぬ雨傘」どちらの表記もみられます。私の持っているカセットテープでは「ぬ」ですが、インターネットで検索するときは「の」の方が調べやすいみたいですね。

 私が学生のころ、ブラジルからの留学生が八重芸に入りました。彼女は、沖縄2世。親が沖縄出身だったはずです。年齢は、私よりもずっと上だったと思います。
 留学生は、一年間しか在籍しません。つまり、一年で卒業してしまうわけです。それでも、ブラジルを離れて留学している間に、少しでも沖縄のことを知りたい。文化に触れたいという気持ちが強かったようです。沖縄本島と八重山とは、文化が違うという説明は、だれかがしたはずなのですが、まあ、とにかく八重芸に入ったのです。

 「移民して外国で暮らす沖縄の人の方が、沖縄らしさを残している」とよく言われます。
 沖縄県に住む人々は、日本という国の中にいますので日本の影響を強く受けます。日常的に日本の言葉が入り、日本語で教育を受ける。テレビからも日本語が流れてくる。そのことが、沖縄的なものを忘れさせたり、日本化させたりしてしまうことがあるんですよね。
 ところが、移民している人々は違います。移民先の文化の影響を受けるのは当然ですが、持っている沖縄的な部分は色濃く残る。その国の文化を受け入れながらも、自分の母国=沖縄を忘れず、生活の中にいつも沖縄を保ち続けている。食生活も、今の沖縄県民よりも沖縄的だという調査があったほどです。
 そして、異国で自分のルーツが沖縄であることを誇りに思い、子どもたちにも伝えようとする。だから、外国にいても、あるいは外国で生まれ育っても、沖縄をしっかりと持っている。外国には沖縄ネットワークがあって、沖縄出身者はお互いにビジネスの面でも助け合っているという話もありました。
 まあ、この話の中には「そうあってほしい」という希望も含まれているでしょうけれど、まったく外れているわけでもなさそうです。

 今話題にしている彼女ではありませんが、ある留学生と雑談をしているときに、「蚊」の話になったのです。でも、その留学生は「か」という日本語がわかりません。そこで、「がじゃん(沖縄方言で蚊のこと)よ」と言うと、「あー、はいはい」と通じたのでした。日本語がうまく通じなくても、沖縄方言なら通じることがあるんです。おもしろいものです。先ほどの「沖縄らしさ」の話も、うなづけますよね。

 これまで、八重芸には色々な国からの留学生が入りました。ブラジル、ボリビアなど南米はもちろん、タイ、韓国からも。どの部員も、とても熱心に練習をして、ちゃんと舞台に立って、そして母国へ帰っていきました。みんなどうしているんでしょう。

 彼女の話に戻りましょう。
 夏合宿のときでした。彼女と話をしているときに、どんな曲が好きかという話題になりました。彼女は「愛の雨傘が好きです」と言ったのです。とても明るい顔で。そして「歌ってください」と私に言いました。
 ブラジル育ちの彼女ですが、親から伝えられた沖縄が心と体の中にあるのです。彼女が受け継いだ沖縄の中の一つに「愛の雨傘」があったのです。親から教わったのか、カセットで聞いたのか、とにかく、彼女の大好きな曲は「沖縄の愛の雨傘」だったのです。
 八重芸では、八重山の民謡ばかり。どれも彼女の知らない曲だったのです。私が「好きな曲は?」と尋ねたとき、やっと自分の中の沖縄を出せたのかもしれません。
 でも、私は「愛の雨傘」を知りませんでした。題名くらいは聞いたことがありましたが、演奏できません。
 「練習しておきますね」
 そう言ったのに、今の今までまだ弾けないままです。なんだか、約束を破ったみたいな気持ちです。

 カセットテープを取り出して、聞いてみます。そうそう、こんな曲だった。聞いたことはあるんです。男女掛け合いで、お芝居の中の歌なのでしょう。調べてみると、1933年初演の「愛の雨傘」についての記事がありました。当時としては現代歌劇だったのですね。
 今でも民謡ファンなら知らない人はいないほど有名な曲です。私も、約束を果たさなければならないです。二度と会うことはないでしょうけれど。

2003,11